「こちらモザンピーク3、敵に包囲された! 至急援護を求む」
「タンクコマンドスリーよりモザンピーク3。どこも戦線の維持で精いっぱいだ。すまんがもうしばらく」
「こっちは砲弾も尽きている上、正面装甲にも一発貰っている。至急だ!」
戦場とは本来無縁の島国に存在するごく普通の住宅街。しかし砲声と悲鳴、人の生死を巻き込んで、非日常が広がっていました。
救援を求める迫真の声音が私の耳に入った途端、片付き始めた敵に尻目を向けて、戦車をその声の方角へ指向します。
「こちらモザンピーク3、手隙の戦車が居たら至急救援を!」
声は届いています。きっと恐怖に打ちひしがれているのでしょう。
私のいる席に張られたタッチスクリーンでも距離を確認して、味方の車長が逐一打ち込んでいる敵の情報を基に、操縦席へ事細かな指示を送っていました。
それは水色のボディと箱型の砲塔、正面は装甲の厚みを稼ぐ為に傾斜した複合装甲を持ち、砲塔正面の中心から伸びる全長5.9メートルの主砲『ラインメタルL44 120ミリ滑腔砲』が装備された主力戦車『M1A1エイブラムス』です。
彼女の心理に一葉落ちた想像を端にシトシトと降り注ぐ雨の中、ガスタービンエンジンの高鳴りが加速していきます。
そしてハッチから顔を出して、銃声と爆轟のオーケストラがひしめく戦場の空気に触れました。これが人の行う戦争だと悟ったとき、彼女は敵への容赦を今一度捨てます。
交差点に立ち往生する戦車の横を追い越したとき、助けを請う声に変調がありました。まさに敵が彼らの目の前に現れ、砲口を回頭させた瞬間でした。
「チクショウ! 敵戦車が目の前にきやがった!」
「カーリングさん! 右舷の履帯はフルブレーキ! 照準、正面そのまま! 次弾、
「あいよ!」
チョーク型の無線機に指を触れて、彼らの前へ割り込むように飛び出します。操縦席に座る『カーリング』が水筒に入ったウォッカを一灼して、右ペダルを思いっきり踏み込むと、それまで直進していた戦車が左側の足を軸に敵戦車の方角へ回頭を始めます。
交差点までの残り数十メートル、滑走しながら砲口が民家と敵が重なったであろう一瞬、私は引き金を引く合図を出した。
「撃て!」
主砲が民家に向けて光を放つ。車内では缶詰型の黒い弾底パーツが薬室の下から零れ落ちてポケットに入ります。
弾頭は先鋭な矢のような細長い徹甲弾。発射時、炸薬の爆発を受けていた
弾心は比重の重たい重金属、タングステンや劣化ウランが使用され、音速の五倍ほどで砲身から飛翔します。
木造の一戸建て住宅など敵ではありません。超高速の弾丸が綺麗な風穴を開けて敵戦車の車体部に激突しました。
「聞こえましたよ。助けを求める声」
鋼をかっぴらき、乗員を覆うようなバケットになった自動装てん装置の装薬を燃やすと、全周に旋回が出来る砲塔がマンホールのように吹き飛びました。交差点へ進入したとき、正面に据えた丸焦げの車体からはこれじゃ満足できないと言わんばかりに誘爆した弾薬が野太い雄叫びと火炎を鈍色の空へ噴射していました。
「シルフ1より中隊戦車へ。敵はソ連製戦車『T—72B3』、数は不明。シルフ2は上空偵察を開始してください」
「またやりやがった。ラビィーのホームブレイクショット」
「戦災で失った建物は政府が保証してくれるとのことなので、遠慮なくやっちゃいました。それにここ、現実じゃありませんし」
「姉御! 装填完了っす!」
「いつも手早いですね。ボギーさんの装填作業」
「いやーそれほどでもっす」
「おいボギー。間違えてキャニスターとかぶち込んでたら承知しないからな」
「もうミスはしないっすよ先輩」
「んなことより、酒が切れちまった。誰か予備持ってねぇか?」
「持ってるわけありませんよカーリングさん。終わるまで我慢してください」
「あぁチクショウ! こいつの燃料タンクにたらふく詰め込んでおくべきだったぜぇ」
「んなことしたら、この大飯喰らいは動かねーぞ」
「ジャックさんの言う通りです」
戦車を撃破するとつい口が緩んでしまうんです。少しだけ格好をつけてジリ貧の味方の前に飛び出た私達はデータリンクのマップに表示されていた至近の一両を破壊しました。この無線が周りの味方に伝わっていることにまだ気づいてはいません。
「い、今の、どうやって」
無線に割り込んできた味方戦車の車長に気がつき、しまったと咄嗟に車内無線に切り替えますが、冷静に考えるともう遅いですね。諦めて交信することを決めて、スイッチを戻します。
「あのすいません。第三戦車大隊のシルフ中隊、中隊長のラヴェンタというんですけど、他の敵ってどの辺にいるか、わかります?」
「あ、あぁすまない。詳細な数は不明だ。包囲されていたはずなのに、どうしてここに?」
「んーじゃあさっき背後からズキュンと一発吹き飛ばしたのは、やっぱ包囲網の一角でしたか……まぁ良いでしょう。ここから西15キロ行けば燃料車と120ミリ砲弾を満載した弾薬補給車が待機しています。そこまで下がれますか?」
「大丈夫だ、ありがとう。ただ他の中隊戦車も孤立している。助けてやってほしい」
「知っていますよ。データリンクでモロバレです。まぁ、一個、借りですね」
それだけ伝えて無線を一方的に切りました。これ以上、感謝やら味方への熱い想いのご託を並べられても困りますし、時間の無駄です。
一刻も早く、味方戦車の火力支援をするために、私は後方からドローンによる偵察を行っている一両を除いて戦線を押し上げるよう言いつけます。
「シルフ1よりシルフ2、3へ。合流後、孤立している味方戦車を救出。弾薬が必要になったら各自後退して補給。ヒットアンドアウェーで行きますよ」
「シルフ2、了解ですわ」
「シルフ3、ラビィちゃんの頼みなら、断れないわね」
ハッチから身を乗り出して、全周を警戒しながら味方戦車を私達の元まで押し上げます。
燃え切った薬莢の香りが車内に漂っていて、鼻につきますが、もう慣れました。撃破した戦車の乗員も、今頃医務室のベットに更迭されて目覚めている頃でしょう。
ここは現実ではない、仮想世界。フルダイブVRFPS『ウォーフェア・オンライン』で、私は