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 真奈美に連絡をしてから、巫女さんは図書館を出た。取り敢えず、今自分にできることは無いと思った彼女はジャージ姿のまま学校へ向かう。もし、この体が動かせなくなった時に備えて真奈美達の近くにいた方が良いと判断した為だった。入って来た時とは打って変わって反応が鈍い自動ドアをどうにかこうにか潜り、巫女さんは学校へ続く橋を目指そうと走り出した。しかし、その行く手を阻むように彼女の足元を『何か』が抉った。


「な、なんだ!?」


 辺りを警戒して立ち止まる彼女の足元には、まるで銃弾で地面を抉ったような跡があり、明らかに悪意を持って彼女を狙ったのだと分かる。周囲を見回してもこちらを狙っているような怪しい人影は無い。しかし、どこかで銃声のような音がしたかと思うと、立て続けに二発目、三発目が放たれる。発砲音が聞こえるとほぼ同時に後退し、ギリギリのところで躱す。まるで先へ進ませまいとしているようだ。図書館入口の庇の下へ戻ると辺りはしんと静まり返り、何の気配も無い。一体、相手はどこから見ているのか見当がつかないが、いつまでも膠着状態では埒が明かない。この体には時間が無いのだ。そう判断した巫女さんの行動は素早かった。

 助走をつけて走り出しつつ目の前の階段を跳躍し、着地と同時に再び走り出す。彼女を狙っていた相手は反応が少し遅れたようで、巫女さんの足を狙った弾は付いたばかりの彼女の足跡を追うように地面を抉るばかりだ。銃声が響く度に、彼女の視界の端には閃くように何か白いものがちらちらと映る。銃弾に追われながらも、巫女さんはその白いものの正体を見極めようと目で捉えようとして、気が付いた。


「――ちっ。視界が半分になってる……!!」


 あの白いものへ意識を集中させていたせいか、無意識に霊としての視界を使おうとしてしまっていたようだ。それによって益々、体の制限時間を縮めていると悟った彼女は白いものを目で追うことを諦め、急いで学校への道を走り去って行った。尚も銃弾は追って来ていたが、それも六発目を撃った辺りで止んでいた。巫女さんは背後を気にしながらも、それ以上銃弾が飛んで来る気配が無いと分かると、ぐんとスピードを上げた。




 放課後、巫女さんに呼び出されて体育館裏まで辿り着いた真奈美達は、そこで苦しげに壁に凭れている彼女を発見した。朝と様子が違うと分かると、直ぐ様彼女達は駆け寄って口々に心配の声を掛ける。その声に閉じていた目を開けた巫女さんは些か安心したように微笑んだ。


「あぁ……来たか。真奈美。時間が無い。早く……涼佑を助けないと」

「巫女さん。その前に図書館で調べ物をするんでしょう?」


 今にもあの梅の木まで真っ直ぐ向かおうとしているような口振りの巫女さんに向かって真奈美がそう言うと、そこで漸く思い出した様子の巫女さんはゆるゆると真奈美の方へ首を動かした。その目はどこか虚ろで上の空に見える。


「ああ、そういえばそうだったか。すまん。どうにも頭がぼうっとして……」


 苦しそうに胸の辺りを手で押さえつつ、立ち上がろうとした巫女さんは唐突にがくんっと右足を滑らせてしまい、バランスを崩しかける。咄嗟に絢と友香里に支えられて巫女さんは転ばずに済んだが、神妙な顔で両手で拳を作ったり、開いたりしてまだ動くか確認している。


「すまん、手を煩わせた」

「私達は大丈夫だけど……。ねぇ、巫女さん。本当に大丈夫?」

「まだ大丈夫だ。…………多分」


 少し自信の無さそうな返事に真奈美達は不安げに彼女を見つめるが、その視線に気付いた彼女は安心させるように苦笑した。


「なんだ、その顔は。心配するな、まだ時間はある。残り少ないってだけで、今すぐ体がどうこうなる訳じゃない。さ、時間が勿体ないから急ぐぞ」


 そう言って、巫女さんは何でもないように再び歩き出す。しかし、真奈美達の目には強がっているようにしか見えない。その証拠に、歩き出した彼女の右足は少し重そうな荷物のように、やや引きずられていた。




 再び図書館に辿り着いた頃には巫女さんは更に右足を重そうに引きずり、右半身が使えなくなるのも時間の問題に思えた。辛そうな巫女さんを中に連れて行くのは酷に思えた真奈美達は、彼女には図書館の入り口で待っていてもらうことにした。友香里が付き添おうとしたが、巫女さん自身が断り、三人で行って来て欲しいと言って玄関ホールの簡易ベンチに重そうな体を座らせた。


「じゃあ、ここで待ってて。巫女さん」

「ああ。……すまん、みんな。手間を掛けるな」

「何言ってんの。巫女さんはいつもみたいにどっしり構えてりゃ良いの」

「何か分かったら、スマホに画像送るからね」

「ああ、分かった」


 動けない巫女さんを一人にするのは些か不安に思った真奈美達だが、この比較的平和な人間社会で彼女が襲われる謂れは無いだろうと思い、そのまま中へ入ってこの地域に関する新聞記事を探しに行くのだった。

 中に入って目の前のカウンターを通り過ぎ、真奈美達はすぐ目に入った本棚へ近付いた。脇には新しい新聞が重そうなスチール製のホルダーに挟まれたまま掛けられており、真奈美はそれを端から調べていくことにし、絢と友香里はそれより過去の記事を探そうと本棚から昨年の新聞資料を手に取った。調べる範囲はあの梅の木の近辺だけで起こった事件や事故。これは巫女さんの助言で、あの霊には梅の木が深く関係していると予測していた。利便性だけで言えば、各新聞社が提供しているネットサービスがあるが、一社一社確認するよりこういった一ヶ所に粗方の新聞社が集まっている場所の方が調べやすい上に、スマホの画面で見るより見やすい。そう思って真奈美達は巫女さんにそういったサービスがあるとは言わなかった。

 そうやって順番に調べていくと、ある記事を友香里が見付けたのだった。


「ねぇ、絢っ。これ……」


 友香里の呼び声に、隣席で別の資料を見ていた絢が彼女の手元を覗き込む。そこに書かれている文字を追った彼女は何かを確信したように「多分これ」と向かいの席で同じように資料を眺めていた真奈美にも見えるように置く。真奈美が覗き込むと、そこにはある小さな記事が掲載されていた。


  八野坂第一高等学校付近にてひき逃げか

 20XX年9月26日午後八時、八野坂第一高等学校付近にて篠崎美里さん(35)の遺体が発見された。遺体の状態から車に撥ねられたものと見られ、更に隠されていたことからひき逃げの可能性が高いと思われる。犯人の特定には未だ至っておらず、事件発生時目撃者もいないことから、捜査は難航していると見られている。


 記事の端には小さく篠崎美里本人の顔写真も載っている。その写真はよくよく見れば、あの霊と非常に似た顔をしている、と巫女さんや涼佑が見たらそんな印象を抱くだろう。薄幸そうな細面の女性だ。周囲に人がいないことを確認してから悪いこととは思いつつも、緊急事態だからと思い、友香里は顔写真をスマホで撮影し、涼佑のスマホへ送った。すぐに巫女さんから返事が来るだろうと思っていた彼女達だったが、数分待っても返事が来る気配が無い。どうしたのだろうと真奈美と友香里で首を捻っていると、絢が「ちょっと見てくる」と言って、様子を見に行ってくれた。

 絢はすぐに戻って来たが、顔色が悪い。彼女の表情からすぐに何かあったと分かった二人はほぼ同時に何があったのか訊く。その問いに絢は呆然と答えた。


「巫女さんが、いなくなっちゃった」

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