一度は見失いかけたみくはすぐに見付かった。他の子供達と離れて、同い年くらいの男の子と一緒に一軒の民家へ。その裏手にいた。幻だとは思っているが、涼佑は何となく邪魔してはいけないような気がして、その民家の影に隠れて顔だけをみくの方へ出し、覗くように観察した。一緒にいる男の子の顔はよく分からない。ギンガムチェックのシャツに黒いデニムの半ズボンを履いていて、対してみくは水色のワンピースを着ている。涼佑は最初にみくと出会った時に感じたが、みくはいくらか時代が古い服を着ているように思えた。二人の間には何だか妙な空気が漂っており、何か言葉を発する訳でも無く、互いにもじもじとしている。しかし、二人きりで子供達のグループから離れて行ったということは、何か動きがあると思っていた涼佑は、いつまでも互いに黙ったままの彼らを不思議に思った。もしかして、自分の思い違いだったのかと考えていると、唐突に動きはあった。
不意にみくが何かを決心したように顔を上げ、少年の方へ体を向ける。声は聞こえないが、確かにみくは何かを勢いづけて言った。その言葉に反応した少年は顔を赤らめて、みくに何事か返事をした。相変わらず、何を言っているのかは全く分からないが、涼佑は何だかみくが一大決心をして言ったことなのだと、彼女の様子や少年の反応から理解した。少年の顔は嬉しそうにはしているものの、どこか寂しげな笑顔で言葉を続ける。そのうちにみくは落胆したように肩を落とし、遂には小さな両手で顔を覆ってしまった。泣いているのだと分かった。その光景を見て、涼佑は漸く彼らが何をしているのか、唐突に理解した。
「これって……告白、か?」
自分にも覚えがある。今となっては思い出したくもない過去だが、これによく似た光景を涼佑は見たことがあるじゃないかと思い至った。ぎりり、と胸の中が何かに締め付けられる感覚がした、ような気がした。思わず、胸の辺りをぎゅうと掴む。苦しいような気がして、涼佑はその場に蹲った。しかし、それは気のせいだったのか、それとも本当に少し痛んだのか分からないが、すぐに苦しさは無くなり、再び涼佑はみく達の方へ目を向けた。
いつの間にか二人の姿は消え、一瞬見失ってしまったと思った涼佑だったが、それは違うのだとすぐに分かった。ついさっきまでみく達が立っていた場所に、何か一枚の紙のようなものが落ちていたからだ。周囲に幻がいないことを確認して、彼は駆け寄って紙切れを拾って見る。それは週刊誌のページを一部切り取った物らしく、がさがさとした紙の触感は少し力を入れて左右に引っ張れば、簡単に破けてしまいそうだ。そこにはある事件のあらすじが書かれていた。
『 村』にて行方不明事件! 原因は村を出ようとした祟りか!?
そんな扇情的な見出しが書かれている記事だ。そのまま本文に目を通すと、涼佑は神妙な顔をしてそれを四つ折りにし、ポケットへ仕舞い込んだ。
「そういうことだったのか……」
「涼佑!」
漸く涼佑に追いついた巫女さん達が心配そうに合流したが、涼佑は確信が持てない以上、今はまだ記事のことを話す時ではないと思い、心配そうに「大丈夫だった?」と訊いてくる真奈美達に対して「何でもない」と言いつつ、無意識に記事の切れ端が入っているポケットを触った。その動きに巫女さんだけが気が付いたが、特に言及することも無く、視線だけを涼佑の手元にやっただけで何事も無かったかのように「もういいか?」と彼に確認する。
「うん。大丈夫」
「――そうか」
涼佑が何も言い出さないところを見て、少し気になった巫女さんだが、いずれ話すだろうと思い、指摘することは無かった。
元の道へ戻ろうと廃村の中央広場へ戻ってくると、そこでまた涼佑は幻覚を見た。今度は多くの村人達の姿だった。ただ、その姿は普段の彼らではなく、一種異様な団結力を感じさせるものだ。皆、頭に白い鉢巻を巻き、手には『ダム反対!!』や『 村を守れ!!』と書いてある看板を持っている。時折、皆口を揃えて同じことを目の前のスーツ姿の男に向けて言っているようだった。その姿から涼佑達は瞬時に理解した。
「ここ、もしかして実在する村だった?」
「そっか。ダムに沈む予定だった村……」
「――よくある話だな。社会的な利便性を求めた結果、小さなコミュニティを潰して無理矢理、都合の良い場所を作る。いつの世も人は変わらないな」
「うん……」
その光景を見つめながら、涼佑は密かにぎゅっと拳を握っていた。その幻も消えると、巫女さんを先頭に涼佑達は再び、神社を目指して歩き出す。いつもなら、涼佑一人で相手の精神世界に足を踏み入れた時には、扉が付き物だが、ここにはそういった不自然な物は無い。おそらく、この夢はみくが見せているものだろう。扉が無いというのはどういうことなのかと、彼が考えていると、唐突に前を歩く巫女さんが「走れっ!」と刀を抜いて叫んだ。
見ると、前方にまたあの無数の腕が待っていた。先の攻防で学習したらしく、刀を抜いた巫女さんに不用意に近づく気配は無い。こちらを窺っている間に涼佑達を進ませようと、彼女は腕達の前に躍り出て斬り倒す。巫女さんが時間を稼いでいる間にさっさと通り抜けてしまおうと、涼佑は真奈美と絢の手を握って走り出した。巫女さんの手から逃れ、何とか絢や真奈美に追い縋ろうとしてくる腕に、絢が悲鳴を上げる。その度に「大丈夫! 前だけ見て走れ!」と涼佑が声を掛けた。
しかし、その甲斐も虚しく、巫女さんが大量の腕を相手にしている間を縫って、二本の腕が絢の足首を捕らえた。「あっ!」と声が上がり、手を繋いだままでは二人を巻き込んでしまうと瞬時に判断した彼女は、咄嗟に涼佑の手を振り払う。彼女の声とするり、と絢の手が抜けた感触で涼佑は気付き、振り返った。何か考える前に、絢を助けようと手を伸ばすが、彼女の体が腕に引っ張られ、届くことは無かった。
「絢……っ!!」
「行って! 早く!」
涼佑と一緒に真奈美も手を伸ばすが、その手をぱしっと振り払い、絢は地面に腹を打つようにして倒れた。見る見るうちに絢の全身を青紫色の痣が覆い、彼女の目から生気が失われていく。その様を見て真奈美が我を忘れて駆け寄ろうとしたが、涼佑に手を引かれてそれは叶わなかった。
「放して……っ! 放してよ、涼佑くん!」
「ダメだっ!」
涼佑に手を引かれて走っている中、真奈美の視界が滲む。瞬きをする度、ぽろ、と涙が頬を伝う。そのうち、嗚咽を漏らして泣く真奈美の手を、涼佑はしっかりと握って神社の鳥居まで走った。鳥居を潜ると、もう腕は追って来なかった。ここまでまた走り通しだったので、鳥居に寄りかかって休もうと彼が手を放すと、真奈美はその場に蹲ってしまった。
「ばか……涼佑くんの、ばか……っ! 嫌い……!」
どうして絢を置いて行ったと声を上げて泣く真奈美に、涼佑は罪悪感を抱きつつも「ごめん」と謝る。いつも何でも無いように振舞っている真奈美も、流石に今の状況には参っているようだ。直樹に始まり、友香里、絢を失い、もう涼佑と真奈美だけになってしまった。それでも、涼佑は「ほら、真奈美。そこで蹲ってたら、危ないから」と手を差し伸べる。ぐすぐすとぐずっていた真奈美だが、涼佑が尚も声を掛けると、真奈美は涙を拭っていた手をそのまま涼佑の手に重ねた。
「怪我とかしてないか?」
「……うん」
「ここで少し休もう。ここから山登りだから」
「……うん」
泣いて幼い子供のようになってしまった真奈美に、涼佑は「参ったな」とでも言うように頭を掻く。少し疲れたのか、真奈美は鳥居に寄りかかっている涼佑に寄りかかり、少しずつ話し始めた。