絢も落ち着き、巫女さんとも話し合いができたので、涼佑は今度は真奈美の方へ目を向けた。先程まで苦しげに乱れた呼吸を整えていた彼女も、今はだいぶ落ち着いたらしく、友香里のことを思い出しているのか、どこか浮かない顔をしていた。
「大丈夫か? 真奈美」
「…………だい、じょうぶ……? …………ううん。分からない」
「――やっぱり、友香里のことか?」
その問いに真奈美は「ううん」と首を振る。その答えに一瞬「えっ?」と驚く涼佑だが、次の言葉に安心させられた。
「友香里だけじゃなくて、直樹くんも……」
「直樹のことも心配してくれるのか」
「うん。友達だから」
今の言葉を聞いたら、きっと直樹は笑っていいのか、泣いていいのか大いに悩むことだろう。自分の好意に全く気付いていないが、友人としては大事に思ってくれていることが分かって、さぞ心中は複雑だろうなと涼佑は苦笑した。と同時に、そんな彼をもう二度と見られないのかと思うと、胸が締め付けられ、涙が溢れてくる。流石に女の子の前で泣くのは恥ずかしく思った彼は、休む振りをして近くの芝生の上へ座り、俯いた。
「……良いやつ、だったよなぁ」
「うん……」
直樹と友香里がいなくなって三人だけになってしまうと、まるで火が消えたようだ。なんだかんだ言って、直樹の明るさには涼佑もいつも助けられていたし、友香里の励ましにいつも元気づけられていた。二人共、みんなにとって大事な存在だったのだ。しかし、嘆いていても何も変わらない。それは先程だけでなく、今までのことを鑑みると十二分に思い知っている。考えなければ、動かなければ事態は悪化していくだけだ。そう思うと、こうして休憩している時間すら何だか惜しいように感じてくる。真奈美と絢は何としても守らなければと涼佑は密かに固く決意した。特に絢はよく気を付けて見ておかなければならない。
やがて休憩時間は終わり、「そろそろ行くか」という巫女さんの言葉で三人は立ち上がる。休憩を取ったというのに、却って絢は消耗したように疲れた顔をしていた。おそらくここまで気に病んでいた彼女のことだから、休んでいる間もずっと自分を責めていたのだろう。そんな状態が透けて見えて、涼佑は思わず「大丈夫か?」と声を掛けた。こちらへ振り向いた絢が「大丈夫か、だって……?」と幽鬼のような顔でオウム返しする。その表情と語調からふつふつと湧き上がる怒りの気配を感じて、涼佑は内心「しまった」と思った。
予想通りに絢は涼佑の胸に取り縋り、「大丈夫な訳無いじゃないっ!」と感情を爆発させる。彼女を爆発させてしまったのは自分なのだからと、彼は甘んじて彼女の訴えを受けることにした。絢はしきりに何事か捲し立てているが、涙声でよく聞き取れない。それでも涼佑はうんうんと頷き、時折「ごめん」や「悪かった」と謝罪の相槌を打つ。しかし、勢いがあったのも最初のうちだけで、次第に涼佑のシャツを掴んでいる絢の手からは力が抜け、ついに放された。
「ご、めん……。ごめん…………私が、全部悪いの…………」
他にどうすることもできず、友香里を犠牲にして生き残ってしまった。あの時、自分が死ねば良かったと涙でぐちゃぐちゃになりながら言う絢に、涼佑は毅然と「それは違うだろ」と告げる。彼の言葉に思わず、顔を上げた絢の顔を自分のシャツで拭ってやりながら、涼佑はもう一度、言い聞かせるように言った。
「絢はそうやって自分を責めるけど、そうじゃない。お前一人が全部悪いなんて、オレは思わない。あの時、この噂を聴いたオレ達全員に責任がある。どちらにせよ、この怪異はここにこうして現れたってことは、いずれ出会っていたものだ。責任を取ろうって話だったら、オレ達全員で取ろう。途中で諦めちゃダメだ。だから、自分が代わりに死ねば良かったなんて言うな。友香里だって、そんなこと望んじゃいない」
「まぁ、友香里を出汁にするのはちょっとずるいけど……」と口ごもる涼佑に途中で涙が止まっていた絢は、腑に落ちたように神妙な顔をして「そっか。そうだよね……」と呟き、次いでそれまでのじめじめした気持ちを断ち切るように彼の背中をばしんっと叩いた。
「涼佑のくせに良いこと言うじゃん!」
「うおっ!? ――元気になったか?」
痛くはないが、少々彼女の勢いに驚かされた涼佑はバカ正直に訊いてしまい、照れ隠しにもう一発もらっていた。漸くいつもの調子を取り戻した絢は少々俯いて「ありがと」と告げる。面と向かって礼を言うのは少し照れくさいようだ。
絢の調子も戻ったところで、涼佑達は廃村へ入ることになった。やはり先程と同じく、そこは無人で生き物らしい気配は微塵も感じられない。何も無いので、こんなところはさっさと抜けてしまおうと、涼佑達は足早に通り過ぎようとした。が、村の中心、広場のようなところに涼佑は何か人影のようなものを見た。ついそちらに目を向けると、そこには幼いみくの姿があった。「あっ……」と思わず声を上げた彼の視線の先を、後から来た絢も見る。彼女にも見えているのか、涼佑と同じように「みくちゃん!」と声を上げた。
その声を聞きつけた巫女さんと真奈美が慌ただしく戻ってくる。巫女さんは刀を抜いており、涼佑の視線の先へ警戒した目を向けたが、それがみくであると認識した途端、何故か刀を下ろした。
「幻か」
「え?」
ぼそりと零された巫女さんの一言に、涼佑は訝しげに彼女を見遣る。今、目の前に立っているみくは確かに実体を持っているように見えており、幻とは思えなかった。しかし、それはすぐに間違いなのだと知る。みくはまるで涼佑達など見えていないかのように虚空へ手招きし、笑顔を振りまく。
「早く行こう!」
そのあどけない声に応えるように数人の子供達がきゃあきゃあと笑い声を上げながら、涼佑達の背後から駆け寄ってくる。一瞬、どこから子供達が走ってきたのか分からなかった涼佑達は弾かれたように背後を振り返るが、当然そこには廃村があるだけだ。大人はおろか、人の気配すら無い場所の筈だ。そんな無人の村の中で、みくを含めた子供達だけが色鮮やかに、楽しげに廃村の中で遊んでいるのだ。
ここが夢の中と言えど、どこか現実感の無い、浮世離れした光景に皆背筋を冷たい汗が流れる感覚を覚える。この幻にどういった意味があるのか、涼佑以外はよく分かっていない。だが、彼だけは微かな恐怖にやや顔色を青くしながらも、この一連の幻に込められた意味を、何となく察していた。これはどうしても見なければならないものだと。
ふと、みくともう一人、男の子が子供達の中から少し離れたところへそっと抜け出すのが見えた。透かさず涼佑は後を追おうとしたが、巫女さんや真奈美に手を掴まれて止められる。ぐん、と背後へ腕を引っ張られる感覚に涼佑は振り返った。
「なに……?」
「一人で行くな、涼佑。罠かもしれん」
「危ないよ、涼佑くん」
「でも、あれは――追いかけないと。追いかけないとここから出られないかもしれないんだ」
そのどこか確信めいた響きを持った彼の言葉に、巫女さんも真奈美も訳が分からない様子で、それぞれ「はあ?」や「え?」と戸惑っている。その間にもみくと少年が遠く離れて行ってしまう後ろ姿を見て、涼佑は二人の手から僅かに力が抜けた隙を見逃さず、するりと抜け出して一人駆け出す。巫女さんや真奈美、絢の制止の声を無視して、彼はみくの小さな背中を追って行った。