山田村は地図で見ても小さな田舎町だ。村の人口は100人足らずで、名物といえば夏のホタルくらいしかなかった。
だが、そんな山田村にある「レストランYAMADA」は、村唯一のレストランとは思えないほど立派な佇まいで、街から訪れる観光客も少なくない。
都会の喧騒から離れ、田舎の静けさの中で贅沢な時間を過ごせると評判の店だ。
その日、都会から一人の男性客がやってきた。
木製のドアを開けると、店内は落ち着いた照明と、どこか懐かしいインテリアで飾られていた。田舎町にあるとは思えない高級感に、彼は驚いたように辺りを見回した。
やがて運ばれてきた肉料理に舌鼓を打ちながら、彼は店員に話しかけた。
「いやあ、田舎にこんな立派なレストランがあるとは驚きました。この肉もとても美味しいですね」
店員はにこやかに頭を下げると、誇らしげに答えた。
「ありがとうございます。こちらは『山田牛』という、我が村の地元牛でございます」
「へえ!小さな村なのに、ブランド牛まで育てているんですね」
感心した様子の客に、店員はにこりと微笑んだまま続けた。
「はい、アメリカにファームがありまして、そこですくすくと育っています」
その言葉に、客の動きがぴたりと止まった。フォークを持つ手が空中で固まり、ゆっくりと眉を寄せる。
「……アメリカ、ですか?」
「あ、はい!『ファーム山田村』という牧場がアメリカにございまして!アメリカンビーフ100%でございます」
店員は何も疑問に思っていない様子で答えたが、客は納得できないように首をかしげた。アメリカで育てた牛を「地元牛」と呼ぶのは、どう考えてもおかしいが追求するのはやめた。
「なるほど、和牛ですらないんだ……まあ、美味しいからいいんですけどね」
客はそう言って愛想笑いしつつ、次に目を向けたのは地元の地ビールだった。
グラスに注がれた黄金色のビールはきめ細かい泡を立て、口当たりがまろやかで、香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「あ、でもこの地ビールは本当に美味しいですね」
「わかりますか?このビールには美味しい秘訣があるんですよ」
「さすがに、ビールはこの村で作っているんですよね?」
今度こそは村の名産に違いない、と客は思ったが、店員はあっさりと首を横に振った。
「いえいえ、市販のものなんですが、一度村の地面に埋めてから掘り出した地ビールなんです!」
「地面に埋めたって……それ、大丈夫なんですか?」
「ええ、埋めて3日ほどですのでまだ新鮮です!」
自信満々に「新鮮です!」と言い切る店員に、客は顔をしかめた。
「新鮮」とは一体どういう意味なのだろうか。客がさらに突っ込むように、持ち前の好奇心で聞いてみた。
「いや、そういう意味じゃなくて、地面に埋めたからって地ビールってちょっと意味が……もしかして、この地酒もですか?」
「はい!そちらは埋めて5日です。ちょっと冒険してます」
客は思わず椅子から転げ落ちそうになった。
どこをどう解釈すれば「埋める」ことがその土地の名産になるのかがまったく理解できなかった。
だが、店員は至って真面目な顔で続ける。
「でも安心してください。我が村には地面に埋める研修を受けた専門家がいるので」
「え、そんなことする専門家がいるんですか?」
「はい。その者を『地面師』と呼びます」
「いやいやいや、そのネーミングは誤解されますよ。特に、最近の時勢を考えると」
客は慌てて制止しようとするが、店員は誇らしげにうなずき、「たった2時間の研修で資格が取れるんですよ!」とまで言い放った。
「え、2時間は……簡単すぎませんか?」
「ええ、ですから村民は全員、地面師です!」
「いや、それはとても誤解されますよ!」
「お時間あるならお客様も地面師になりますか?」
「お時間あっても遠慮したいです」
その研修内容も疑問だが、客はそれ以上突っ込むことができず、ただ呆然と聞き入るしかなかった。
もうこれ以上の質問を避けることに決めた。
しかし、店員はさらにトドメを刺すようにこう続けた。
「そうだ!来週から村のキャッチコピーが『全員が地面師の村へようこそ!』になるらしいですよ」
「それ、今すぐやめさせた方がいいですよ!」
客は心の底からそう思った。この村のイメージが、たった今大きく変わってしまった気がする。
もはやこの料理や飲み物が美味しいかどうかではなく、山田村そのものの感性が謎に思えて仕方ない。
店員はなおも営業スマイルを崩さないまま、そっと手を伸ばし、小さなバッジを差し出した。
「発売前ですが、地面師バッチがあるので、こっそり差し上げます!」
思わず受け取った地面師と書かれたバッジを握りしめ、客はもう言葉もなく会計を頼んだ。
会計を終えて足早に店を出ると、客は振り返らず、その場を後にした。
背後には「山田村レストランYAMADA」の看板。
そしてバスに乗って帰る途中『山田村へようこそ』と書かれた歓迎看板が外され、新しい巨大な歓迎看板を設置する作業の真っ最中にでくわした。
『全員が地面師の村へようこそ!』
彼は何度も頭を振り、もう二度とこの村に立ち寄ることはないだろうと心に誓った。