秋良が目を覚ますと左の薬指に違和感を感じた。隣には翔吾が涎を垂らしながら熟睡していた。ちょっとした悪戯心で鼻先を摘むと「ふごっち」と息苦しさを訴えて寝返りを打った。
「ふふ、間抜け」
秋良は生成りのカーテンから降り注ぐ朝日にその指輪を
「綺麗」
それは銀色に光る婚約指輪、秋良は逞しい肩甲骨に口付け囁いた。
「翔吾、起きてるんでしょ」
「ーーーあ、うん」
「ありがとう」
「なにが」
「いつの間に作ったの」
翔吾は身体の向きを変え秋良の髪を指に絡めた。
「昨日の夜、おまえが買い物に出掛けている時に作った」
「あぁ、だからいきなりカレーライスが食べたいとか言い出したのね」
「カレーも美味かった」
「どういたしまして」
その指輪はアルミホイルで出来ていてつなぎ目にはセロハンテープが巻かれていた。秋良はその皺だらけの婚約指輪に目を細めた。
「思い出した」
「思い出したか」
「忘れてたわ」
小学校5年生の春、愛児園の園庭のベンチに腰掛けた翔吾は秋良にアルミホイルの指輪を渡した。それは秋良の指が2本入りくるくると回る不恰好なものだったが2人を笑顔にするには十分だった。
「夏のボーナスが入ったら本物の指輪を買う」
「あら、太っ腹ね」
「あんまり高いのはーー無理だけど」
「10,000円札でお釣りが戻って来る指輪でも良いわ」
翔吾は目を輝かせた。
心の声一同(あーーーーー助かるー!)
「え、マジか!」
「有り得ないわ」
「駄目かぁ」
秋良はため息混じりにその鼻先に口付けた。
「伊東秋良が伊藤秋良になるのね」
「なんか、新鮮味がないな」
「結婚した感動が無いわね、高坂秋良の方が良かったかしら」
心の声一同(なんでそこで高坂壱成が出るかな!ああん!?)
翔吾はベッドから飛び降りるとそれは有り得ないと地団駄を踏んだ。
「あっ、あいつは俺には負けるけれどイケメンで背も高くて、仕事も出来て、女にも子どもにもいや男にも優しくて、気配りが上手で!で!」
「良いところしか思い付かないのね」
「ーーーー思い付かない」
秋良は翔吾に手招きをするとその背中を抱き締めた。
「私はこのままの翔吾が好きなの」
「てっ、あっ、当たり前だろ!」
「また威張る、それは直してね」
「おっ、おう」
「今度
「行ってやっても良いけど!面倒だろ!愛児園に用なんかねぇし!」
秋良は優しく微笑み翔吾に口付けた。
「教会での結婚式って憧れなんだよね」
「あ、あーーーーー」
「予約しなきゃ」
心の声一同(け、けけ結婚式!)
「ね」
晩秋の凍える朝、白いベンチで離れ離れになった初恋は11年間の時を経てこうして結ばれた。
了