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第5話 三共保険株式会社 翔吾

 翔吾には高坂 壱成こうさかいっせいという好敵手ライバルが居る、ただしそれは翔吾が思い込んでいるだけで高坂壱成の保険営業成績は月間を通し1位、2位を独占し、翔吾は足元にも及ばない。


「俺さまが本気を出せばこんなもんじゃないぜ」

「いつ本気を出すんだよ」

「うるさいうるさい!顔なら俺の方が上だ!」

「顔面偏差値が高くてもじゃないのか」


 翔吾の俺さま気質は営業先でもその力を遺憾無く発揮し営業部に度々苦情が寄せられた。


「伊藤くん、ちょっと」

「はい」


 その都度翔吾は直属の上司に呼び出されたが暖簾に腕押しで謝罪の言葉に重みが感じられなかった。その太々しさに管理職は頭を悩ませた。ただ営業部から他部署に異動させる程営業成績は悪くない。しかも根拠の無い偉そうな態度を一部の顧客からは人気がある。


「伊藤くん、いい加減学習してくれないか」

「はい!」

「返事は良いんだがな」

「はい!」


 営業部の暴れ馬伊藤翔吾を御せる人間は居なかった。


ーーーー6月


 人事異動の辞令が掲示板に貼り出された。


「富山支店からうちに異動して来るって」

「こんな時期に珍しいな」


伊東秋良いとうあきら、なんだ男か」

「あいつと同じ苗字だな」

「あぁ、翔吾さまな」


「俺さまが2人になるとか勘弁してくれよな」

「それな!」


 ところが秋良が出勤し自己紹介を始めると伊東秋良なる人物が常識をわきまえた美しい女性である事が周知され下世話な前評判は一掃された。


ぽーーーん


(あーー、眠ぃ)


 その頃、翔吾は運命の再会()を果たすとも知らず大欠伸おおあくびをしながらエレベーターのボタンを押していた。


「おはようございます」

「伊藤くん、5分前行動」

「はい」

「本当に分かってるの」

「はい」


 上司に遅刻を注意され、にやけた顔の同僚の頭を書類で2回叩く事が翔吾の朝の日課だった。その男性社員としては甚だ迷惑だが頭に鳩が止まったと思えば腹も立たなかった。


「おっはおっは」


 女性社員の皆さんに爽やかに挨拶し気分よくデスクに腰掛ける。ところがその日は違った。積み上げた書類、混沌とした山の向こう側に見知らぬ人物が座っていた。


心の声A(んが?)


 自分以外に興味関心が無い翔吾は掲示板をまともに見ていなかった。加えて自分より営業成績が優れない社員とは一切の交流を持たない。その為、近々富山支店から誰かが異動して来る程度の認識しか持って居なかった。


心の声B(こいつが越中さ)

心の声A(その呼び方、ご高齢の方みたいですよ)

心の声C(いっけめ〜ん)


 翔吾は新入りを威嚇する為に座面にどっかりと腰を下ろした。そして床を足で蹴り上げると椅子を勢い良く一回転させた。


心の声D(ちょっ、目が回る)


 向かいのデスクに座る伏したまぶたには長いまつ毛が影を作り、一見して整った顔立ちである事が分かった。


か、富山の田舎もんは」

「い、伊藤くん!なに言ってるの!」

「田舎じゃん」

「新幹線だって停車するのよ!」


 秋良の表情は一瞬凍ったが直ぐに口角が上がり目尻を下げ向日葵を思わせる笑顔になった。


心の声C(くっそ、眩しい)


「女々しい顔だな、俺の方がイケメンだろ、な?」


 隣の年配女性社員に詰め寄ったが反応が今ひとつ良くなかった。


「伊藤くん」

「なんですか」

「その新人さんは」

「なんだよ」

「お、女の人なのよ?」

「はぁぁ!?」


 翔吾は素っ頓狂な叫び声を上げて椅子をずらし秋良の足元を見た。


心の声D(NICE BODYええ身体や!)


 黒いパンプスに細い足首、子鹿の様な脹脛ふくらはぎ、膝丈のタイトスカート、仰ぎ見れば胸の膨らみ。翔吾は慌てて退いた。


「お、おんな」

「伊藤くん、なんで見て分からないの」

「こんなの違反だろ、分からん」

「伊東さんに謝りなさいよ!」

「そんな男みたいな女がいる方がおかしいだろ!」

「伊藤くん!」


心の声A(名前、名前見てなかった!確か)


 翔吾は立ち上がり遠慮なしに女性社員の胸元のネームタグを手に取った。


「なんだ、俺と同じじゃん」

「そ、そうですね」

「俺の名前は伊藤翔吾いとうしょうご、翔吾さまって呼んで」


「しょ、しょーーーうご」

「なに、翔吾さまだろ」


 ネームタグを手放すとその顔を覗き込んだ。


「なになに、伊東いとうあき、名前はなんて呼ぶの、これ」

「あき、秋良あきら、伊東秋良です」

「へっ!やっぱり名前も男みたいじゃん」

「おっ、女です!」


 伊東秋良の面差しは色白で面長、長めの前髪はゆるく巻き切れ長の目に隠れた黒曜石の瞳、化粧っ気の無い薄い唇。


心の声一同(びっ、美形すぎやろ!)


 それはお世辞では無く自然に言葉が溢れ出た。


「あれ、俺、おまえと会った事ない?」


 伊東秋良の口元は歪み眉間に皺が寄った。


「さぁ」


心の声A(なに、怒ってない?)

心の声B(なんでや)

心の声C(知らんがな)

心の声D(にしても美人やなぁ)

心の声E(好きかも)


心の声一同(それな!)


 伊東秋良は横を向いて椅子に腰掛け、翔吾の顔を見る事は無かった。

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