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第62話 口づけ

「シュレイン。今日はアンジュの誓いの儀式の日だよ」


 私はアストに脇を抱えられ、足をプラーンとさせている。まるで動物でも抱えているかのような持ち方だ。


「婚約も発表するって言っていたのに、これはどういうこと?」


 私は動物じゃないよ。16歳にもなってこの抱え方をされるなんて、私の身長が低いからって、これはあまりにも、幼子扱いされすぎじゃないだろうか。


「リュミエール神父が……」


 ルディが地獄底から響いてくるような低い声で言う。


「「リュミエール神父が?」」


 ふぉ!ステレオスピーカー!!


「俺が渡す前に指輪を渡すから、指ごと外そうと」


 恐ろしい。恐ろしい言葉がルディから出てきた。やはり、私の指を指輪ごと斬り取るつもりだったようだ。

 ん?あれ?ルディが指輪を?


 もしかして、あの悪魔神父はワザと祝として呪いの指輪を渡した?ありえそう。あの悪魔神父ならやりかねない。だけど、なんの為に?嫌がらせ?


 ヒューが私の左手を取る。しかし、私がアストに動物のように抱えられているのには変わりはない。


「ああ、これ?」


 私の小指にはめ込まれている指輪を見て言った。


「レイグラーシアの指輪だね。別にいいと思うよ?1つより2つの方が護りも強いだろう?」


「いや、シュレインは先に渡したかったって言っているんだよ」


「でも、今渡しとかないとリュミエール神父は普段は聖騎士団に立ち入れないからね」


「あ、そうか。じゃ、シュレインが渡すのが遅いってことだね」


 おお、アストがルディが悪いっていう話に持っていってくれた。これで、私は無事に生還できそうだ。


「シュレイン。そろそろ時間も迫っているし、機嫌をなおしてよ。ほら、アンジュが機嫌なおしたら、チューしてくれるって言っているし」


 は?アストは何を言っている?


「アスト様。私はそんなことは言っていない」


 しかし、アストは私の耳元でささやく。


「アンジュ。もう、大方の貴族が集まってきたからね。そろそろ始まるよ。主役の君が遅れたとなると、色々問題だと思うよ」


 それは問題だ!問題だが、それとこれとは話が違う。何故に私がルディにキスをしなければならないことになるのか理解できない。


 ルディはというと刀を鞘に収め、先程の人殺しの顔から一転、人前の胡散臭い笑顔ではなく、にこやかな笑顔で私に近づいてきた。ある意味怖い。


 首だけ振り返ってアストを睨みつける。いらないことを言った張本人は良いことをしたと言わんばかりに満足気に笑っている。


 くー。私だけ貧乏くじを引いていない?


 しかし、誓いの儀式に間に合わないのは問題だ。


 アストからルディに引き渡される私。


 子供のように抱えられている私。


 諦めの境地の私。


 はぁ。


 そうだ!別にどこにキスするか指定はされていない。ならば。


 と、ルディの頬に口づけをした。






 ルディはご機嫌で私を抱えたまま、廊下を進んている。うん。頬で良かったらしい。


 この扱いが難しいルディの婚約者を私はやっていけるのだろうか。いや、一年後には結婚をしなければならないと……。


 はぁ。


「アンジュ。ここから先は一人だけど大丈夫か?」


 目の前には両開きの白い扉がある。この先は今回の昇格者が祭壇前に入る扉があるらしい。


「大丈夫」


 そこまで、心配されることはない。ただ単に祭壇前で誓いの言葉を聖女をかたどった石像の前で言えばいいだけ。


 ルディは私を廊下に降ろす。そして、すごく心配そうな顔をしてくる。別にそこまで心配するようなことはないのに。

 ファルがルディの肩を叩いて、来た方向を指し示す。恐らく彼らのつくべき席があるのだろう。


 ルディとファルの背中を横目に私は白い扉の取手に手を掛けて開けて入って行った。


 そこは祭壇前に通じるただの空間のような控室だった。その部屋の中には二人の人物が背を向けて立っている。


 赤色の髪と水色の髪が並んでいるのを見ると、嫌な予感しかしない。その二人は薄い灰色の隊服を着ているので、今回騎士シュヴァリエに昇格した者達だろう。


 その二人が私が入ってきたことに気が付き振り返る。その二人の顔を見て、思わず私の顔の表情が抜け落ちた。


「あ?お前、アンジュじゃないか」

「え?アンジュってこんな顔だった?」


 ちっ!やっぱり思っていたとおりだった。


 私が聖水の儀を受けた時に聖騎士団に入団が決まったと言っていた。ゼクトなんとかかんとかが、そこいた。


 その、ゼクトなんとかかんとかが赤色の髪をふさっとなびかせ、こちらに近づいていた。イラッとする。


「なぁ、将校オフィシエに昇格した者がいるって、もしかしてお前のことか?それはないよな」


 そう言いながら近づいてきた。これ以上近づいてくるな!


「ゼクトデュナミス。アンジュらしき者は白い隊服を着ている。将校オフィシエで間違いないだろう?」


 その言葉にゼクトの足が止まり、後ろを振り返る。


「ザインメディル。それは無いだろう?アンジュだぞ?」


 私はゼクトの中でどういう扱いになっているのだろう。



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