「いやです」
私は冷静に答える。この悪魔神父はいったい何を言い出すのか。この私に死ねと?
「本気で死んで欲しいというわけではありませんよ?死んだふりです」
死んだふり?なぜ、私がそんなことをしなければならないのか。
「意味がわからないという感じですね。説明をしますと。最近のシュレインの行動には少し問題があると思っているのです」
少し?!全然少しじゃないよ?時間がある限り私はルディにつきまとわれている。いや、ルディに連れ回されていると言い換えた方がいいだろう。
ここでは12歳になると冒険者登録ができるようになる。5歳からは冒険者見習いの登録ができるようになる。見習いということは、魔物討伐の依頼は受けられないが、ポーターとして荷物持ちや薬草採取の依頼を同伴者がいれば受けられるようになるのだ。これは幼い子供が食い扶持を稼ぐためのシステムだ。
この世界は貧富の差が激しい。親に捨てられる子供もあとを絶たないらしい。普通なら孤児院が存在すべきなのだろうが、この世界の教会は神の名の元に神の子を育てるという大義名分をかかげているので、孤児院というものは存在していない。
親に捨てられた子供は生きるための仕事として冒険者見習いという職業を選択できるということだ。
私が5歳になると、冒険者ギルドに連行され、冒険者見習いとして登録された。ルディとファルは午前中は訓練があり、私は授業があるため、昼から街に連れ出され、半日で終わる依頼を受け、連れ回されるという毎日を送っていた。
「このままだと、ここを出ても戻って来そうな気がするのです」
あ、うん。それは私も同意する。ルディの私に対する感情というものは、幼子を可愛がるというよりも、執着に近い感情をここ最近感じていた。
「ですからね。死んで欲しいのですよ」
神父様の言葉に私は頭を押さえる。これは、悪手ではないのだろうか。
恐らく、今までルディ自身を見てくれる人は居なかったのではないのだろうか。ファルはルディの側にいるようだけど、『話し相手』と言っていたように、誰かに命じられてルディに付いているのだろう。そして、ファルはルディとは一定の距離を保っている。ルディに友達となるように強要された家臣の子のように。
そこに、私が現れた。『すごいね。頑張ったね』と、ルディ自身を見る私が現れたのだ。
それは私の存在に依存するよね。
「はぁ。神父様、それは悪手です。るでぃ兄を壊す気ですか?」
「そうですね」
この悪魔神父め!悪手とわかって私に死んで欲しいと言っていたのか!私が不服そうな顔をしていると
「アンジュはシュレインの中で死人として扱われるのが嫌なのですか?」
と、神父様が以外だと言うような感じで言ってきた。
「るでぃ兄はるでぃ兄の行く道があると思っているから、そこには文句はありません。私が言いたいことは人の心を壊す気なのですかと言いたいのです!」
私は懺悔室の格子をバンと叩いて抗議をする。
「アンジュ。シュレインはアンジュとは違うのです。彼には一人で立ってもらわないとこれから降りかかる火の粉を払うことができないのですよ。シュレインのことは心配ありません。彼の周りの者がフォローしますから」
神父様にそう言われ、格子を掴んだまま下唇を噛みしめる。私とは違う。そんなことはわかりきっている。ルディは貴族として立たなければならない。それには私という存在は邪魔でしか無いと。わかっている。わかっている。
手を格子から離し、神父様に尋ねる。
「私は何をすればいいのですか?」
「明日、最終訓練で彼らは南の森の奥地に入ります。アンジュは冒険者見習いとして私の部下に付いて南の森に行ってください。そこからは、頑張って生き延びてくださいね」
「は?」
頑張って生き延びる?
「ちょっと!……き、消えた」
格子の向こうに居たはずの神父様の気配が無くなった。説明がそれだけ?もう少し説明をしてくれてもいいでしょ!!
翌朝、シスターに連れられて教会の方に出向くと、2人の見たことのない男性が立っていた。
「この嬢ちゃんか?」
金髪の体格のいい男性が私を見ていった。
「ええ、連れて行くだけでいいです」
シスターは私の背中を押しながら言う。私に説明はないの?
「しかし、リュミエール様も相変わらず、えげつないですね」
空の色のような青い髪の男性が呆れたように言い。私に手を伸ばしてきて片腕で抱えた。
あのー。私に詳細の説明を誰かしてくれないのでしょうか?
私は説明をされないまま街の外に連れ出され、南の森まで連行された。
「ああ、ここだ。ここ」
連れて行かれたところは、黒い霧が立ち上る穴の前だった。穴の直径は4
「悪いな」
そう言って青い髪の男性が私を黒い霧が立ち上る穴に向かって投げた。突然の事に私は呆然と宙を舞いながら、背を向ける二人の背中を見送った。