「いらない」
私は横に向けて目の前の食べ物に対して、必要ないことを態度でも示す。
「そんなにお腹を鳴らして、お腹が空いているんだろう?」
ファルがパンを私に差し出して来るけど、口を結んで絶対に食べないという態度を崩さない。
だけど、お腹は正直にグーグーとなっている。
「アンジュ」
食べ物に対して拒否をしている私に声を掛ける人物がいた。神父様だ。
神父様に声を掛けられたことで、ファルも私にパンを突きつけることをやめ、立ち上がって、姿勢を正す。黙って私とファルのやり取りを見ていたルディも私を抱えたまま立ち上がった。
「食べ終わったら、シスターに声をかけて髪を整えてもらいなさい。わかりましたね」
はぁ?なにそれ、なんか当たり前のように言わないでほしい。
「アンジュ。わからなーい」
「何がわからないのですか?」
「人から食べ物をとったら死んじゃうよ?さっき、神父様、ダメっていってた」
あの三人は私から焼菓子を奪ったから、あのようになったのだろう。いわゆる見せしめだ。
恐らく、彼女たちは素行もあまりよくなかったのだろう。彼女たちに対して周りの者達は、どうしてという表情よりも、やっぱりなという納得した雰囲気があった。
人から物を奪う行為。人から物を貰う行為。その違いが理解できなければ、愚かな人間が出来上がってしまう。俺の物は俺の物、お前の物も俺の物。何処かのガキ大将の言い分だ。
今、私の目の前にある食事は元々は誰の物?これは私の食べる物ではない。では余った物?食べ物を余らせている時点で、これはこれで問題ではないのだろうか。
神父様は私とファル、そしてルディを見てにこにこと胡散臭い笑顔を浮かべる。
「アンジュは賢いですね」
そう言って私の頭を撫ぜた。その神父様の行動にざわめきが起きる。これでどれだけこの人が人を褒めないのかよくわかる反応だ。
「アンジュは私が差し出した焼菓子を受け取ったのはなぜですか?」
「焼菓子は情報と交換。だから、受け取った」
私が情報を渡した対価だ。それが真実であろうがなかろうが神父様の質問に私が答えた対価だ。
「シュレインからのお菓子を受け取ったのなぜですか?」
ん?ルディからチョコを受け取ったのは先程のことだけど、なんで神父様が知っている?怖いんだけど。
「仲直りのお菓子だったから」
「では、ファルークスが用意したパンとスープを食べないのはなぜかな?」
ふん、そんなもの。
「だって、これはアンジュのものじゃない。ファル様のものでもない。誰かが食べるはずだったものかな?シスターたちが食べるものだったのかな?それはわからない。でも、これはアンジュのものじゃない」
貴族としての矜持って言うのなら、他人の物を与えるんじゃなく。自分の持てるものを与えるのが、貴族としてのプライドなんじゃないの?
私の答えに神父様は胡散臭い笑顔ではなく、優しい微笑みをみせた。
ふぁ!なんかキュンと、ときめいてしまった。ルディもファルもかっこいいのだけど、大人の精神を持つ私からすればお子様なのだ。
神父様は恐らく40から50歳ぐらい。大人の魅力ってヤツにときめいてしまった。
「アンジュ。パンとスープは私からのご褒美です。食べなさい。その後にシスターの誰かに声をかけるように」
そう言って神父様は私に背を向けて去っていった。あの微笑みは一瞬だったけれど、心のシャッターを切って保存しておく。
神父様にご褒美として貰ったパンとスープに嬉しさいっぱいの視線を送っていると、強制的に体の向きを変えられ、ルディと向き合う感じで抱えられた。
「アンジュはリュミエール神父みたいのがいいのか?」
ん?ルディが何を聞きたいのかわからない。私が首を傾げていると
「アンジュはリュミエール神父が好きか?」
あの胡散臭い笑顔を常にしている神父を好き?いや?機嫌を損ねないようにはしているよ。あのタイプって怒らすと大変だと思うし。
「んー?よくわからない」
「俺たちとリュミエール神父に対する態度が違うよな?」
ああそれね。私はルディの耳元で囁く。
「神父様は優しいけど怖いの。だから、機嫌を損ねないようにしている」
「ふーん」
ルディはそのままどこに行こうというのか歩き出していた。え?私のパンとスープは?段々と私の心とお腹を満たしてくれる物が遠ざかっていく。
「パンとスープ!神父様が食べていいって言った!」
私はルディの肩をバシバシ叩くが、無視をされて何処かへ連れて行かれる。そして、見たことのない廊下を通り、知らない部屋に入った。
誘拐だ!これは誘拐。抵抗できない幼女を連れ去っていくなんて許されないことだ。それに私のパンとスープはどうなってしまうの!!
グーグーとお腹がうるさいほど鳴っている。食べれると思ったのにー!
「私のパンとスー……んぐっ」
何かが口の中を占領した。甘い。みずみずしく甘くて美味しい。何かの果物?桃のような果肉にいちごのような甘酸っぱさが口いっぱいに広がっている。
「トゥールベルだ。美味しいだろ?」
「トゥール?」
やっぱりうまく聞き取れない。でも、これは好きだ。果物なんて生まれて初めて食べた。きっと高級な嗜好品の部類にはいるのだろう。
「トゥール。美味しい。これ好き」