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第13話 怪しいクッキー(過去)

 この国では白に近いほど高貴な色とされている。だから、私の銀髪なんかは特に重宝される。逆に黒に近い色ほど忌避的にとらえられ、貴族からすれば目にするのも嫌厭けんえんされる。


 それは、世界の穢れというモノに繋がっている。この世界には魔物と呼ばれるモノが存在しており、黒いモヤのような吹き溜まりから湧き出ている……らしい。私が実際に見たわけではないので、よくわからない。


 その魔物というモノはこの世界では脅威的な存在であり、国が滅んだという伝承も残っているほどだ。

 だから、黒という色はこの世界では悪しき色と捉えられている。



 そして、目の前の少年の髪の色は真っ黒だ。日本人であった私と同じぐらいに黒い髪に黒い瞳だ。この世界では受け入れ難い色だろう。


「それこそお前に関係ないよな!!」


 少年は捕獲していた私を離し、地面に落ちる私を蹴り上げようと足を振るが、その前に空中で体を捻って地面に着地をし、そのまま森の奥へと走り出す。身体強化ができるからこそなせる技だ。


 そう、私は3歳で身体強化を使えることができた。生まれてから大人の精神があったからこそ使えた。それはもちろんあちらの世界で読んだ小説の内容を引っ張り出してきて、試行錯誤してこの3年間で色々使えるようになっていた。


 蛇行して走る私の後ろから少年が追いかけてくる。えー、やっぱり虐められているのを見たって言ったのが駄目だったのかなぁ。


 そろそろ、私の行動が許されている境界線に近づいてきた。後ろを確認し、木の幹で私の体が遮られたところでしゃがみ込む。その横を少年はそのまま何かを追いかけるように走り抜けていった。少年の先には幼い幼女の姿が見える。


 分身の術と言えればいいのだろうが、今はそこまでのものは作れなく、ただの幻覚にすぎない。

 なにかの小説に書いてあった。魔法とは想像力だと。この世界の魔法というものは私にはまだわからないが、私の想像力でココまでのものが創られたのであれば、いい方ではないのだろうか。


 私は立ち上がり、木の影から出るとそこにはにこにこと笑う神父様が立っていた。こぇーよ。


「アンジュ。お散歩はここまでですよ」


 神父様に見つかってしまったのなら仕方がない。戻るしかないか。


「はーい」


 聞き分けのいい子のフリをして返事をする。長年のというか、大人の精神の私の経験上、神父様のようなタイプの人は怒らせてはならないとわかっている。


「アンジュ。先程の魔術はなんですか?」


 えー、それは無視をして欲しいのだけど。


「まじゅつ?アンジュ、わからなーい」


 魔法か魔術かの違いは私にはわからないのですっとぼけてみる。


「そうですか。教えてくれたら、焼き菓子を上げますよ」


 何だって!焼き菓子!私は両手を差し出す。その手の上に紙の小袋が乗せられた。


「おめめにアンジュを写すの」


 正確には脳に焼き付ける精神攻撃の一種だ。けれど、本当の事を言えば、精神を操作できる能力があると思われると危険視される可能性があるので、口にはしない。


「おひさまをみると目の中におひさまがあるのといっしょなの」


 だから、嘘と本当を混ぜ込む。それは真実ではないが、全くの嘘ではない。太陽を見ると目に焼き付くのは本当のこと。


「そうですね。アンジュは賢いですね」


 そう言って神父様は私の頭を撫ぜてくれた。その行動に思わず驚いてしまう。褒めた?神父様が褒めた?


 この3ヶ月間徘徊してわかったことだけど、ここの教育方針は褒めて伸ばす教育ではなく、できて当たり前。できない者は人間じゃない扱いをされるのだ。

 その教育者たちの頂点に立つと思われる神父様が私を褒めた!


 これは恐怖でしかない。この人は得体がしれない。もしかして、この紙袋の中身は毒!紙袋を凝視して見る。


「毒は入っていませんよ」


 私の心を読むな!得体のしれない神父様から離れる為に、紙袋を抱えて教会の方に戻る。しかし、後ろから神父様もついてくる。


 無言で足を進め、教会の姿が木々の隙間から月明かりに照らされて見えてきたところで、行く手を阻むものが現れた。


「お前!何をした!」


 先程の少年が息を切らしながら戻ってきてしまった。気がつくの早いよ。


「シュレイン。幼い子をいじめてはなりませんよ」


 後ろにいる神父様が少年に声を掛ける。最初に少年の名前らしきものを神父様は言っているが、私の唯一の弱点と言えるものが、この世界の人の名前を聞き取れないということだ。他の言葉はわかるというのに、人の名前となるとフィルターがかかっているかのように、ぼやけてしまう。

 これはもう、病気の一種だろうと3歳の時点で人の名前を覚えることを諦めた。


 少年にこれ以上つきまとわれることは避けたいので、紙袋からクッキーと思われる焼き菓子を一枚差し出す。


「お兄さん。仲なおりにこれをあげる」


 この時間だと少年は夕食を食べそこなってしまっただろう。お腹が空いていたのだろう少年は焼き菓子を手にとり、口にした。咀嚼し、飲み込んだ。

 ……異常なし。即効性の毒はなさそう。


「ですから、毒は入っていないと言いましたよね」


 神父様。耳元で喋らないでもらえます?


「あ?毒ってなんだ?」


 低い声が辺りに響いた。その声の主に向かって私はへらりと笑う。


 13歳の少年と3歳の私の出会いは最悪な形で始まったのだった。


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