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第11話 黒髪の男

 黒髪の男からの猛攻撃を刃の潰れた剣で受け続けている。くっ!一撃、一撃が重い。

 適当に選んだ剣だから、余計に分が悪い。私に合った剣ならもう少し動けるのに!


 それに!私、怪我人なんですけど!!


 手加減しろよ!


 いや、わかるよ。足がもげようが、腕がもげようが敵は容赦なく襲ってくるって。でもさぁ、今は学生同士でヤり合う大会!


 それに胡散臭い笑顔で攻撃してくる目の前の男を見ていると、クソ神父を思い出す。こいつ絶対にキルクス出身者だろ!!この容赦ない剣技も先輩たちやシスターたちにそっくりだ。


 クソ!扱いにくい!


 私は自分に合っていない剣を胡散臭い笑顔を浮かべている男の顔面に向けて投げつける。そして、すぐさま足で地面を踏み鳴らす。


「『氷結グラキ』」


 氷属性の魔術の施行だ。これは攻撃性がないただの氷を作り出すだけの単純な魔術だ。

 足元から氷の剣を作り出し、右手で取り足に力を込める。重力の聖痕と身体強化の魔術を併用する。


 聖痕と魔術は何が違うか。普通は何かを得るためには対価が必要だ。食べ物が欲しければ、金を対価にして得る。金を得るためには己の労力を対価にして得る。

 そのような感じで、魔術の施行には呪と魔力を対価にして力を得ているが、聖痕に必要なのは呪のみだ。


 身体強化は既に使用しているので、聖痕のみを発動する。


「『操り人形ファント』」


 ガリガリにやせ細った体全体に魔力をまとわし、重力という物から解放する。魔術と聖痕の併用により相乗効果が現れ、人という生物から逸脱する。


 自分で自分の体を操る。


 何を当たり前の事を言っているのだと思うだろうが、筋力という体の内側の力で動くのではなく。与えられた力をまとって外部のからの力で体を動かす。


 体の力を抜き、地面から少し浮きながら構え、氷剣で攻撃を受け止め、弾き返す。やせ細った私が身体強化しようが、限度はある。その限度枠を超え、重い攻撃を弾き返し、折れた腕さえも使うことができる。


 折れた左腕にも氷剣を握り、剣を振るう。しかし、簡単に往なされてしまった。くぅー!折れた骨に響く。

 体勢を低くし、瞬時に背後に周りこみ首を狙うも受け止められる。やはり、これぐらいの速さでは駄目か。


 もっと速度を上げる。もっと、もっと。

 そして、小声で呟く。


「『茨の鎖カテアンカーティ』」


 地面から生えた私の茨が男の腕と剣に絡みつき、動きを止めた。私の攻撃に集中しすぎたね。

 動きを止めた男に向けて氷剣を振るう。これで決着だ!


 しかし、私の氷剣は男に届く前にかき消えてしまった。いや、正確には溶けて無くなってしまった。黒い炎に包まれ私の茨と共に無くなった。

 唖然とする私に男は胡散臭い笑顔ではなく、さもこの状況が楽しいと言わんばかりに歪んだ笑みを向けてきた。


 あ……。思い出した。


 黒い炎が私に襲いかかる。距離を取り、さけようとすれば、黒い炎が形を変え、風の刃となって向かってくる。この私の施行している魔術を分析して自分に合った方法で再現をする人物なんて一人しかいない。


「るでぃにぃだ」


 私は黒い刃を受け、闘技場と観客席を隔てる壁に叩きつけられる。

 くぅー!!意識が飛びそうー。直ぐに体の状態を確認する。肋骨が肺に刺さっているな。左手は当分の間は使い物にならないか。あー。横腹がざっくりいっているな。


 折れた肋骨と肺と腸がはみ出そうな横腹は直ぐに治癒をしておく。あとはまぁ、なんとか我慢できるか。


「ゴホッ」


 肺に溜まっていた血を吐き出す。ふと、視線を上げると……なんか見てはいけない者を見てしまった。

 これはヤバいと体を動かそうとすれば、壁にめり込んでしまっているのか、なかなか動かない。左足を瓦礫からなんとか抜け出させ、思いっきり後ろに蹴り壁から剥がれることはできたものの、ぐしゃりと地面に前のめりに落ちてしまった。


 あーこれは絶対にヤバい。けれど、私の体はもう限界だ。なんとかできるものはないかと視界を巡らす。ん?クソ神父のムカつく顔が見えた。こんな時でも胡散臭い笑顔するなよ!けれど、まぁ、あとは神父様に任せればいいか。


 そして、私の意識は深い闇の中に沈んでいった。



 深く。

 深く。






 私はアンジュ。

 ここでは、この世界ではその名を与えられた。けれど、私には誰にも言っていない秘密がある。ここではない別の世界の記憶を持っている。いわゆる前世の記憶持ちだ。


 と言っても、サラリーマンの平凡な家庭に生まれて、家族に愛されて育って、社会に出てOLとして十数年働いていた記憶を持っいるだけだ。

 だけだったけれど、この記憶には凄く助けられた。


 この世界で生まれてから数年間は前世の記憶が鮮明で、ああこれが異世界転生というものかとは思ってはいた。

 この世界での家族というものは貧しい村で10人もの人がいる家庭だった。ただ、その家族の中で私だけが異質だった。家族の人たちの髪は金髪か明るい茶色の色を持っていた。その中でただ一人私は銀髪だった。



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