与えられた小さな自室に戻ってきた。ベッドが3つ置いてあり、3つの戸棚がある部屋だ。今は私一人で使っている。以前までは同じ年の少女が後2人いた。一人は貴族に買われていき、もう一人は2ヶ月前に私と同じように木の箱を持って部屋に帰ってきて、夕方に出ていったと思えば帰ってこなかった。
次は私。
空いているベッドに木の箱を置き、自分の硬いベッドに横になる。ここも今日で最後。大した思入れもない。嫌な思い出しか無い。だけど、生き抜く
これで、自由。このお務めが終われば、隣国に行ってやる。二度とこの国に戻ってくるものか。
そのための準備も出来ている。旅商人や冒険者から情報を仕入れたり、旅に必要な物を購入したりしている。
起き上がりベッドの下から麻袋を取り出す。
袋を逆さにし中身を全部だし、ナイフを手に取り、麻袋を細かく切り刻んでいく。その切り刻んだ麻袋を箱の中に詰めていく。持って行った先で、聖水が割れて使い物にならないと文句を言われないためだ。
今回、神父から言われたことは
『アンジュ。君にやって欲しいお務めがあるのです。街で色々仕事を請け負っているでしょう?そんな感じでこの聖水を西の森に住む管理者に持って行って欲しいのです。簡単ですよ。森の入口からまっすぐ道なりに進むと小屋があります。ただ、管理者は昼間は小屋には居ないので、夕方にここを出れば、それぐらいには管理者が戻って来ているでしょう。この箱の中の聖水を渡してください。あ、これは君だけの特別な頼みごとだから誰にも話してはいけませんよ』
と、ニコニコと言われた。胡散臭い。
4年前に選ばれた子が言っていた言葉と大体同じだった。ただ、その子はそれを皆の前で言った途端、血を吐いて死んだ。多分誓約がどこかに含まれているのだ。
神父の言葉に箱を受け取ったことで成立する誓約。
誓約どおりに行動しなければ死ぬと。
だから、
全く教会という組織は怖ろしい。
この4年間で調べられたことは、街の冒険者からの情報で、西の森に管理者が居るのも本当だし、西の森の管理者に聖水が必要なのも確か。でも、誰も帰って来ない。
多分、森に何かあるんだろうと一度昼間に行ったことがあったけど、入り口から歩いて10分ほどのところに小屋はあったし、魔獣や魔物がいる形跡もなかった。
森の奥にはいると聞いているが、街に面している森の東側にはそのようなモノはみられなかった。
日が沈むころになり、私はベッドから起き上がる。教会の支給の灰色の服を着るのも今日までかと思うとにやけてくる。
間違わなければそれでいい。死ぬことはない。
部屋の壁に埋め込まれているくすんだ姿鏡の前に立つ。灰色のダボダボの服を着た傷んだ灰色の髪に、長い前髪の隙間から見えるピンク色の目を持ったニヤニヤと笑うやせ細った少女が映っている。みすぼらしいと言っていいだろう。これが私。
何者にも囚われない。自由になる。それが、13年間生きていくための原動力だった。あと、もう少しで夢が叶う。
ああ、でもこんな顔で外に出たら不審がられてしまう。いつもどおり表情を消す。そう、これがいつもの私。箱を持ち上げ部屋を出る。ここにはもう帰ってこない。
西日が辺りをオレンジ色に染め上げ少し涼やかな風が吹き抜けるころ、教会の敷地を出ようとすれば、神父様から呼び止められた。
「アンジュ、気をつけて行ってきなさい。忘れないでください。貴女が帰ってくるところは
「ええ、神父様」
そう答え私は教会を出た。
日が沈むと外壁に囲まれたこのキルクスの外門は閉められてしまう。丈夫な外壁や門は野党や魔物避けでもあるが、中の人を出さないためでもある。許可がある者以外、夜は出入りが出来ないようになっている。
空が、夜に染まろうとしている頃に外門にたどり着いた。ただ、許可がなく出入りが許されている者がいる。それは西の森の管理者に物を届ける事を受け持った人だ。
門が閉まろうとしている。自分の役目は終わったと言わんばかりのだらけた門兵に声を掛けた。
「門の外に行きたいのですがどうすればいいのですか?」
「あ?明日にしろ明日」
面倒くさそうな声が返ってきた。まだ閉まりきっていないのに、もう仕事が終わった気である門兵にイラッとする。
「私、聖水を届けなければならないのです」
そう言うと、ビクッと体を震わせ恐る恐る私の方に顔を向けた。
「ちっ。またこれか」
舌打ちをして、門兵は閉まりかけている門の方に行き、別の門兵と話をして、私に来るように手招きをする。
どうやら、一人分の隙間を開けて止めてくれたようだ。門兵に礼をいい一つ尋ねる。
「ありがとうございます。帰りはどうすればいいのでしょうか?」
「お前帰る気でいるのか?」
本当に失礼な門兵だ。
「いますが?」
「めでたい頭をしているな。外の兵に声をかけろ」
めでたいか。こっちは生きる為に必死なんだけど?一人分の隙間を通り抜けると、後ろの門が閉まっていく。
「がんばれよ」
門が閉まる音に混じってそんな言葉が聞こえた気がしたけど、きっと気の所為。