ロクス、カーライル、そしてアルマ──それぞれが旅立ちを前に複雑な思いを胸に秘め、言葉少なに視線を交わしていた。その静寂を打ち破るように、フィオラが軽やかにロクスへと歩み寄る。彼女が浮かべる柔らかな微笑みは、張り詰めていた空気を和らげ、場に穏やかな温もりをもたらした。
フィオラは手元に視線を落とし、慎重に魔具を取り出した。その手の中には、透き通る青い小さな球体が二つ。朝の光を受けて輝くそれは、まるで空を閉じ込めたかのような神秘的な美しさを放っていた。彼女はそれをロクスに差し出し、優しい声で言葉を添える。
「ロクスはん、あんちゃんとあねさん、どうか頼むで。」
その声には、信頼と願いが込められ、場の空気を一層柔らかくする力があった。
続けて、フィオラは誇らしげに語り始めた。
「これは『探知の天球』や。水のマナと光のマナを抽出して、スカイホークの瞳で作った特製の魔具やねん。」
その説明には、自身の技術への自信と誇りが満ち溢れており、彼女の情熱がひしひしと伝わってきた。
「ロクスはん、片目だけやと見える範囲が狭いやろ?せやからこれ作っといたんや。一つを天高く放ったら、もう一つの天球でその景色を見れるようになっとる。マナを込めればすぐ起動するさかい、試してみてな!」
フィオラの瞳は生き生きと輝き、その声には優しさと仲間を思う気持ちがしっかりと込められていた。
ロクスは差し出された天球を手に取り、しばらく静かに見つめた。その神秘的な輝きに驚きを隠せない様子だったが、すぐにその感情を押し隠し、真摯な眼差しでフィオラを見つめ、深く頭を下げる。
「感謝する。この魔具、ありがたく使わせてもらう。」
その短い言葉には、フィオラの技術への敬意と感謝が詰まっていた。ロクスの手の中で輝く天球は、単なる道具以上の存在感を放ち、彼の表情にもどこか穏やかさが加わった。
フィオラは満足そうに微笑みながら、軽やかな声で冗談めかして言った。
「気に入ったら、天剣の騎士団にウチの名前を推薦してや!ウチ、もっとええもん作ったる自信あるで!」
その言葉には、魔具師としての確固たる自信と誇りが宿っていた。軽妙な語り口ながらも、その奥には力強い情熱がにじみ出ており、彼女の存在感は周囲にしっかりと刻み込まれた。
カーライルは、これ以上ロクスと話を続けても意味がないと悟り、内心で決意を固めた。言葉を交わさずとも、彼の態度からは行動に移る強い意思が伝わってくる。
一方、アルマも胸中で渦巻く感情を抑えながら、この同行が避けられないものだと理解し、ロクスに深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
アルマの声は微かに震えていたが、その一言には覚悟が込められていた。
ロクスは無言で荷物を馬車に運び始めた。旅路に必要な物を詰めた大きな革袋を、一つひとつ無駄のない動作で積み込んでいく。その様子を、フィオラはじっと見守っていた。先ほどまでの明るい笑顔は消え、代わりに彼らの無事を願う優しい眼差しが浮かんでいた。ロクスが最後の荷物を革紐でしっかり固定し、深く息を吐く。彼の一つひとつの動作には、これから始まる旅の重みが静かに滲み出ていた。
準備が整うと、フィオラは穏やかながら確かな声で別れを告げた。
「気ぃつけてな、みんな。」
その声には、温かい祈りと見送りの想いが込められていた。
三人は無言のまま軽く頷き、馬車に乗り込んだ。車輪がゆっくりと土を踏む音が、冷えた空気の中に低く響き渡る。それは、長い旅の始まりを告げるささやかな合図のようだった。
背後で重々しく閉まる王都の門。その金属が擦れる音は、冷たい朝の空気に深く響き、過去と未来を隔てる境界線を刻むかのようだった。門が完全に閉ざされると、彼らが背負ってきた過去の影は静かに遠ざかり、これから進むべき未知の道が広がり始めた。
冷たい風が馬車の中へ忍び込み、三人の頬をかすめていく。その鋭い感触は、これから待ち受ける試練を予感させるものだった。王都の壮麗な街並みは次第に霧に覆われ、やがて視界から消えていく。その向こうには、封じ込めたはずの記憶の断片が微かに浮かび上がっていた。十年前の苦悩と悲劇が、再び影を落とそうとしていた。
カーライルの胸中で、封じたはずの痛みが静かに疼き始める。十年前に閉ざされた運命が、いま現実として立ちはだかり、その重みをひしひしと感じていた。
霧に包まれる王都の姿は、過去と未来が交差する象徴のように浮かび上がる。馬車の揺れる音が静寂を破り、遠く鐘楼の鐘の音が微かに響く。それは、止まっていた運命の歯車が再び回り始めたことを告げるようだった。
門が完全に閉ざされた瞬間、深い静寂が辺りを包む。冷たい風が霧と共に吹き抜け、三人を未来へと押し出す見えない力のように感じられた。馬車はその風を受けて静かに進み、やがて霧の中に溶け込んでいく。それは、彼らの新たな運命が動き出したことを告げる幕開けだった。
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第三章 建国の女神様 閉幕
次なる舞台は、古の遺跡。
─歴史はその傷痕を忘れることなく、償いを求め彷徨い続ける。
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