フィオラは、カーライルとアルマと別れた後、一人でゆっくりと歩を進めた。目指す先は、かつて市民の活気で溢れていた広場。しかし、今では瓦礫と静寂に包まれ、かつての賑わいは遠い記憶のようだった。戦火の爪痕が広がる中、広場の片隅には王妃直属の天剣の騎士団の臨時駐屯地が設けられていた。一際目を引く金の盾を象った旗が高く揺れ、その旗は騎士たちの不屈の誇りと意志を象徴しているようだった。
胸に緊張を抱えつつ、フィオラはその中へと足を踏み入れた。普段の彼女なら軽やかな足取りも、今日は広場の張り詰めた空気に押されるように慎重な歩みだった。周囲を見渡しながら天剣の騎士たちにロクスの居場所を尋ねると、彼らは無駄のない動作でフィオラを案内した。
案内された先は、布で仕切られた簡素な仮設空間だった。薄暗く、外界と切り離されたその場所には、風がそっと吹き込み、規律と静寂が漂っていた。そこでロクスは、冷静に指揮を執りつつ、フィオラの気配に気づき、短い指示を飛ばして彼女を迎えた。
「座ってくれ。」
ロクスは静かに促し、向かい合う形で席を勧めた。
フィオラは普段通り明るい声で、些細な日常の話をし始めた。笑顔を浮かべて軽やかに話すその姿は、この重い空間を和らげようとするかのようだった。しかし、彼女の振る舞いの裏に隠された微かな不安や焦りを、ロクスは見逃さなかった。彼の鋭い視線は、フィオラの言葉を聞きながらもその裏にある真意を探っていた。
しばらくして、ロクスは穏やかでありながら核心を突くように問いかけた。
「ここに来た理由はそれだけじゃないだろう。何か話したいことがあるんじゃないか?」
その問いかけに、フィオラの笑顔が一瞬凍りついた。視線を落とし、彼女は静かに深呼吸をした。その仕草には、長い間抱えてきた感情を解き放つ決意が込められていた。
「ロクスはん、助けてくれてほんまにありがとう。でもな…ウチ、言わなあかんことがあるねん。」
フィオラの声はかすかに震えていた。普段の明るさは影を潜め、彼女の言葉には深い悔恨と責任感が滲んでいた。目の前に座るロクスに真実を告げることが、どれほどの勇気を要したかは、その震えた声から容易に感じ取れた。
「実はな、今回の事件…ウチが原因かもしれんのや…」
その告白は、部屋の静寂を一層深いものに変えた。フィオラは、ミラーゴーレムのコアについて語り始めた。コアがマナを吸収し限界に達した際に放出された光の柱、その後に起きた出来事の連鎖。それらを一つひとつ思い返しながら、彼女は真剣な口調で説明した。
「コアがマナを吸い取ってな、それが溜まりすぎて…光の柱になってしもうたんや。その後、北の方からも同じような光が出て…ウチのせいで、王都全体が危険に晒されたんちゃうかって…」
フィオラの声は次第にか細くなり、震えがその言葉ににじんでいた。普段の明るさが影を潜め、深い悔恨と不安が彼女の顔に刻まれていた。自分の行動が引き起こしたかもしれない災厄の可能性が、彼女の心を重く押しつぶしているのが明らかだった。
ロクスはじっとフィオラの話に耳を傾け、一言も口を挟まず、最後まで静かに聞いていた。その姿勢は、彼女の告白を正面から受け止めるという意思をはっきりと示していた。二人の間に漂う沈黙は冷たく重いものではなく、彼女の思いを深く受け止め、慎重に答えを選ぶための静かな時間だった。やがてロクスはゆっくりと口を開き、落ち着いた声で語り始めた。
「君が心配することはない。」
その声は穏やかで、フィオラの不安を和らげるように響いた。「今回の事件については、すでに王妃が国全体のマナの過剰使用が原因だと発表している。それが公式見解だ。君がどれほど自分を責めたとしても、それを覆すことはできない。」
ロクスは静かにフィオラの肩に手を置き、彼女の瞳をまっすぐに見つめた。
「仮に君の言葉が事実だとしても、それは君一人が背負うべきものではない。この責任は、国全体で共有すべきものだ。」
その言葉にフィオラは一瞬肩の力を抜き、安堵の表情を見せた。しかし、その奥に残る不安は完全には消えなかった。彼女の中に残る疑念と後悔は、まだ彼女の心を離れようとしなかった。ロクスは彼女の表情を見て取り、さらに優しい口調で続けた。
「私は天剣の騎士団の一員として、王家に忠誠を誓っている。それゆえに、公式の見解を受け入れるのが私の義務だ。しかし、それが真実のすべてを語っているとは限らない。君が感じたこと、見たことを無視するべきではない。私もこの件について引き続き調査を進めるつもりだ。」
ロクスの真剣な言葉が、少しずつフィオラの心を解きほぐしていくのを感じた。その声には、彼女を責めるでも、軽視するでもなく、彼女の思いを大切に受け止める誠実さが込められていた。
「ダンジョンからモンスターが呼び寄せられるのは珍しいことではない。だが、デスサイズのような深奥に潜む存在が召喚されたのは、常識を超えた異常事態だ。何かもっと大きな力が背後で働いているのかもしれない。」
ロクスは一瞬視線を外し、何かを思い出すように目を細めた。だが、思考を切り替えるようにフィオラに再び向き直り、言葉を続けた。
「もし君が何か気づいたことや新たに知ったことがあれば、すぐに知らせてほしい。騎士団として、君にできる限りの協力をする。」
その言葉に、フィオラはゆっくりとうなずいた。彼の誠実な態度に、少しずつ自分を追い詰めていた不安が和らいでいくのを感じた。
短い沈黙が二人の間に訪れたが、それは重苦しいものではなく、互いの信頼を深めるための穏やかな静けさだった。