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(56)託す希望

人工魔石を左脇にしっかりと抱え込み、カーライルは戦場を駆け抜けていた。魔石の重みは容赦なく腕に食い込み、その圧倒的な存在感が全身を圧迫する。だが、それすらも彼を止めるには足りなかった。


「こんなもの、落とすわけにはいかねぇ…!」


魔石から立ち上る淡い輝きが夜の闇を裂き、彼の進む道を照らしていた。その光は、希望そのもののように見えた。しかし同時に、それは敵の目を引きつける危険な灯火でもあった。


遠くから、戦場全体を支配するかのような圧倒的な威圧感が押し寄せてくる。それは、デスサイズ――天高く舞い上がった死神が、アルマとロクスの足止めを意にも介さず、悠然と動き始めたのだ。その冷ややかな動きが、まるで戦況を完全に掌握していると宣告しているかのようだった。


「狙いを変えたか…」


カーライルは額を伝う汗を拭うこともなく、ただ前を見据えて足を速める。その瞬間、足元に異様な影が広がり始めた。闇がまるで生き物のように滑らかに形を変え、音もなく伸び上がる。それは漆黒の鎖へと姿を変え、蛇のように蠢きながらカーライルの足元を狙っていた。


「またかよ…!」


カーライルは右手に握った双剣を振り下ろした。一閃が鎖を断ち切り、乾いた音が戦場に響く。だが、断ち切られた鎖は瞬く間に再生し、再び彼の足元へと這い寄る。その動きはあまりにも執拗で、意思を持つ生物のように滑らかだった。


「左手が塞がってる分、手数が足りねぇ…!」


鎖の一部が足首に絡みついた瞬間、冷たい痛みが全身に走る。肉を抉るようなその感触が、彼の体力を容赦なく削っていった。それでも、カーライルは歯を食いしばり、剣を振り続けた。


「俺が止まれば…全てが終わる!」


瓦礫を蹴り上げ、傷ついた足を引きずりながら、一歩、また一歩と前へ進む。汗が額から滴り落ち、全身は疲労の悲鳴を上げていた。それでも彼の視線は遠くを見据え、揺らぐことはなかった。


背後で再び蠢く漆黒の鎖。その音は低く、不気味で、戦場の緊張をさらに高める。そのたびに彼の心を揺さぶろうとするかのようだったが、カーライルは一瞬たりとも振り向かなかった。


「嬢ちゃんが待ってる…!」


右手一本での戦い――不利を極めた状況だった。それでも、彼の心は折れることなく、鋼のように固い意志が鎖に覆われた闇を拒絶する光となって輝いていた。


カーライルは歯を食いしばり、全身の力を振り絞って右手の双剣を振るった。刃が漆黒の鎖を斬り裂くたび、重い音が戦場にこだまし、そのたびに新たな鎖が蠢き出す。何度斬っても終わらない――それでも、彼は進むことを止めなかった。


疲労は限界に達していた。傷ついた足元から血が滴り、全身を覆う痛みと疲れが彼を蝕む。それでも、カーライルの視線は遠く、アルマとロクスのいる方向へ向けられていた。


「これを…届けるんだ…!」


左脇に抱えた人工魔石を高々と掲げ、カーライルは最後の力を振り絞ってそれを天高く投げ放った。


魔石は彼の手を離れると、まるで光の矢のように暗黒に包まれた戦場を貫いた。その輝きは戦場を覆う闇を裂き、遠くにいる仲間たちへと希望の道筋を描き出す。まっすぐにアルマとロクスのもとへ向かうその光は、戦場全体に希望の灯火を灯していた。


その光景を見届けた瞬間、カーライルの全身から力が抜け落ちた。


「…頼んだぞ、嬢ちゃん…」


長い戦いに耐え続けた体はついに地面へと崩れ落ちた。疲労と痛みが、まるで見えない鎖となって彼を引きずり込むようだった。視界がぼやけ、世界が遠のいていく。それでも、彼の胸中には確かな安堵が広がっていた。


魔石は間違いなく仲間のもとへ届いた――その確信が、彼に最後の安らぎをもたらした。


地面に顔を伏せながら、彼の視界は徐々に暗闇に包まれていく。


ぼんやりと、遠くに見えたのはアルマとロクスの姿だった。二人が魔石の力を使い、デスサイズに立ち向かう光景が朧げながらも目に映った。カーライルは信じて疑わなかった――彼らなら、この戦いを終わらせることができる、と。その信頼と希望を胸に抱きながら、カーライルは静かに目を閉じた。

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