アルマは光のマナを使って瘴気をかき消しながら、デスサイズに気付かれぬよう、瓦礫や崩れかけた家屋の陰に身を潜めて慎重に進み始めた。目指すは魔導機兵の残骸。その体は疲労に蝕まれ、鉛のように重かったが、彼女の心にはまだ戦い抜く覚悟が宿っていた。デスサイズの感知を避けるため、光のマナを可能な限り抑え、薄いヴェールのように自らを包み込む。それにより、瘴気に覆われた霧の中を静かに、そして密やかに進むことができた。
やがて、銀色の鎧に覆われた魔導機兵の残骸にたどり着くと、アルマはそっと手を伸ばし、むき出しになった人工魔石に触れた。その冷たい感触が指先に伝わると、彼女は思わず息を呑んだ。わずかではあるが、確かにその魔石に残るマナの気配が感じられた。しかし、すぐにそのマナが封じられていることに気付き、唇を噛む。
「封印が施されている…」
アルマの言葉に焦りの色が滲む。無人の魔導部隊の動力源である人工魔石――王家の権威を守るために設計されたそれが、簡単に扱えるはずもなかった。厳重な術式が施されている以上、封印を解かなければこの力を活用することはできない。しかし、アルマはその事実を前にしても諦めなかった。
「早く…早く…!死神に気づかれる前に…!」
彼女は素早く術式を展開し、封印の解読に取り掛かる。だが目の前の術式は、王立魔法研究所が誇る最新の技術の産物であり、つい最近まで学生だった彼女にとっては難解すぎるものだった。重圧が肩にのしかかり、焦燥が胸を蝕むたびに希望が薄れそうになる。
「今の私じゃ…この人工魔石を制御できない…」
呟いたその瞬間、彼女の記憶が深い闇の奥から一つの閃きを引き寄せた。「制御」──その言葉が呼び起こしたのは、かつて王家への反逆を目論んだ監査官の影。特級ポーションに含まれる高濃度のマナを暴走させ、第三王子の命を奪おうとした忌まわしい記憶だ。しかし、その記憶が今、アルマに新たな可能性を示した。
(外から術式を解けないなら、共鳴を利用して内部から封印をこじ開ければ…!)
彼女の思考は瞬く間に戦略へと昇華された。アルマはゆっくりと胸元のペンダントに手を伸ばす。それはかつてカーライルが贈ってくれたもので、露天商の話によれば人工魔石を加工したものだという。もしその話が本当なら、このペンダントを使い、魔導騎兵の人工魔石と共鳴させることができるかもしれない。
(これに賭けるしかない…!)
アルマは慎重にペンダントへマナを注ぎ込み始めた。暴走の危険性を熟知しているからこそ、わずかなミスも許されない。焦る気持ちを必死に抑え、細心の注意を払って少しずつマナを流し込む。
彼女の胸には、もしこの共鳴が暴走すれば王都全域に潜む魔導騎兵の人工魔石も連鎖的に暴走するかもしれないという恐怖が渦巻いていた。それは、かつて魔石の暴走で消滅したと言われる都市エデルハイトの悪夢の再現になりかねない。それでも、アルマは決して手を止めなかった。
やがてペンダントの魔石が許容量を超え、内部のマナが溢れ出した。その輝きは生き物のように脈動し、魔導騎兵の人工魔石へと向かって流れ込む。二つの魔石が共鳴を始めた瞬間、微かな振動が生じ、その共鳴は徐々に増幅されていく。そして、封印を構成する術式にわずかな変化が現れた。
「お願い…壊れて…!」
アルマの切なる祈りと共に、空気を裂くような鋭い音が響き渡った。「パキィン!」――封印を繋ぎ止めていた鍵が砕け散る音と共に、術式が内側から崩壊していくのが見て取れた。粉々に砕け落ちた封印の残骸が空気に溶け、完全に消え去る。その瞬間、アルマの胸に確信が広がった。
(これで…!)
封印が解かれた人工魔石から、眠っていたマナが彼女の中へ流れ込んできた。マナが全身に行き渡り、疲れ果てて鉛のように重かった体が次第に軽くなっていく。朦朧としていた意識が研ぎ澄まされ、彼女は再びその場に立つ活力を取り戻していった。
「やった…!成功したわ…!」
額に汗が滲むのを感じながらも、アルマの表情には確かな希望の光が宿っていた。しかし、その喜びも束の間のものだった。目の前に横たわる魔導騎兵の残骸に残されていた人工魔石のマナが十分でないことに気づき、胸の奥に冷たい不安の影が差し込む。
「これじゃ…光属性の上級魔法を全力で放てない…。あの天剣の騎士も、これまでマナを纏った剣技を繰り返して消耗してる。これだけじゃ、きっと足りない…」
冷たい焦燥がアルマの胸にじわりと広がり、わずかに手が震えた。この場で、この限られたマナだけで果たして決定的な一撃を放つことができるのか──その疑念が頭をよぎるたび、心が揺れかける。だが、この瞬間に希望を手放すことは許されない。アルマは意を決して目を閉じ、深く息を吸い込むと、胸の中に渦巻く焦りを一度静かに鎮めた。今こそ、冷静さが求められる瞬間だと彼女は悟っていた。