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愚痴聞きのカーライル ~女神に捧ぐ誓い~
チョコレ
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年11月02日
公開日
276,411文字
連載中
元冒険者と天才少女、その軌跡が導く国の真実



十年前、悲劇を機に剣を置いた元冒険者。その前に現れた金髪碧眼の少女との出会いが、平穏を打ち壊し、やがて国を揺るがす真実へと繋がっていく。


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35歳の元冒険者カーライルは、ダンジョン近くの街にある酒場で、冒険者たちの愚痴を聞きながら平穏な日々を送っていた。彼はかつて第一線で活躍していたが、今では過去を遠ざけ、穏やかな生活に身を置いている。

一方、15歳の領主の娘アルマは、王立魔法学院を飛び級で首席卒業した天才少女。故郷を良くするために奔走していたが、若さゆえに誰も彼女の情熱を真剣に受け止めてはくれなかった。孤立を感じながらも進む彼女は、ある日、カーライルが足繁く通う酒場を訪れる。

最初はアルマに関心を示さなかったカーライルだったが、彼女の真摯な行動と熱意に次第に心を動かされ、手を貸すことを決意する。経験豊富な彼の助けを得たアルマは、次々と困難を乗り越えていく。

そしてその旅の果て、二人が目にする真実は、国を揺るがすだけでなく、二人自身の運命をも大きく変えるものだった。静かな酒場から始まった物語は、彼らを誰も予想し得ない結末へと導いていく。

(1)酒場の扉が開くとき

「あなた、私の愚痴を聞きなさい!」


そんな何気ない一言が、酒に溺れ繰り返すだけだった俺の日々を変えるなんて、誰が想像しただろうか。


俺の名はカーライル。黒髪に黒い瞳、無精ひげの三十五歳だ。世間では「オジサン」に片足突っ込む年齢だが、まだ「お兄さん」で押し通せると思っている。俺の仕事?冒険者たちの愚痴を聞いて銅貨をもらい、助言を求められた時だけ銀貨を手にする。それ以上の危険、つまりダンジョンに戻る気は毛頭ない。


この酒場に居着いて十年。最初はただの飲んだくれだった俺だが、いつの間にか『愚痴聞き』として名が通るようになった。冒険者たちは命がけの挑戦の合間に溜めたストレスを、この席で俺に吐き出す。俺はただ頷いて聞くだけ。それで銅貨が手に入る。


それでも、夜が来るのを楽しみにしている自分がいる。今日もどんな冒険者が来るのか、どんな酒を味わえるのか──それを考えるだけで自然と口元が緩む。




夜になると冒険者酒場は賑やかな中心地と化す。橙色のランプが投げかける光の中、冒険者たちは戦いや探検の成果を抱え集まってくる。武器が触れ合う音や笑い声、酒が注がれる音が交じり合い、場を満たしていた。


カーライルはカウンターの隅に座り、琥珀色のビールを静かに味わっていた。彼の仕事は銅貨三枚で愚痴を聞き、一杯の酒で流す。それ以上を望むことなく、変わらぬ日々に身を委ねていた。


そんな中、扉の開く音が酒場の喧騒を一瞬で断ち切った。全ての視線が入り口に集まる。そこに立っていたのは、一目で場を支配するような威圧感を放つ少女だった。黒いローブを纏い、夜そのものを背負ったような佇まい。金髪が闇の中で際立ち、碧い瞳には異質な力が宿っている。


少女は迷いのない足取りでカウンターへ進み、銅貨三枚を無造作に放った。それは音を立てて転がり、カーライルの前で止まった。


「あなた、私の愚痴を聞きなさい!」


その声には自信と鋭さがあり、場の空気を震わせた。カーライルは銅貨を眺め、口元に笑みを浮かべる。こうした要求自体は珍しくないが、差し出したのがこの少女という点には驚かされた。


ジョッキを軽く傾けながら、彼は静かに言葉を返した。 「確かに銅貨三枚で愚痴は聞いてやる。けど、ここは酒場だ。子供が入る場所じゃない。それでも話したいなら、座りな。」


少女は迷うことなく隣の椅子に腰を下ろした。小柄な体が深く沈み込み、足は床に届かない。それでもその態度には堂々とした自信があり、自然と冒険者たちの視線を集めていた。


「で、あんたは誰だ?冒険者には見えないが。」


カーライルは無骨な声で問いかけた。この場に平然と足を踏み入れる子供は珍しい。それに彼女からは、冒険者特有の荒々しさや疲れとは無縁の、別種の気高さと意志が漂っていた。


「なによ、冒険者じゃないと愚痴を聞かないわけ?職業で人を差別するなんて、最低ね。」


怒りを含んだ声が放たれたが、その碧い瞳には揺るぎない自信が宿っていた。


「私はアルマよ、アルマ。まさか、この街で私の名前を知らないなんて、本当に愚痴聞き屋なの?」


挑発的な言葉に、カーライルは肩を軽くすくめ、わずかに息をついた。


「悪いが、有名な冒険者でもない限り、俺の耳に入る噂は限られてる。それで、どんな愚痴を聞いて欲しい?」


気だるげな口調で返しつつも、カーライルの声にはどこか探るような響きがあった。


アルマは一瞬だけ黙り込み、鋭い瞳でカーライルを見据えた。そして、感情を押し殺したかのような硬い声で告げた。


「誰も私の話をまともに聞いてくれないの!」


その言葉は店内に響き、周囲の冒険者たちの視線が一瞬集まったが、すぐにまた自分たちの会話に戻った。


「街を守るために必死で考えて行動してるのに、大人たちは私を子供扱いするばかり。誰も真剣に向き合ってくれないのよ!」


その体から溢れる情熱と苛立ちが、周囲の空気を鋭く切り裂く。カーライルは静かにその言葉を受け流しながらジョッキを傾け、冷たいビールを一口飲んだ。そして、淡々と尋ねた。


「で、問題ってのは何だ?」


無関心そうな声ながらも、本質を突くような問いに、アルマは少し間を置き、怒りを押し殺すように低い声で答えた。


「墓地のゴースト問題よ!知らないの?」


その問いに、カーライルは眉をわずかに上げた。アルマは言葉を続けた。


「墓地でゴーストが出るたびに光属性の魔法使いを呼ぶけど、その度に莫大な費用がかかる。税金を無駄遣いして、何も変えないなんて馬鹿げてる!」


彼女の声は怒りに満ちており、再び店内を静寂に包み込んだ。しかし、カーライルは動じることなくジョッキを再び口に運んだ。


「それで、どうしたいんだ?」


淡々とした口調の中に、ほんのわずかだけ興味が混ざっていた。


「どうしたいかって?もちろん、この状況を変えたいに決まってる!でも相談しても『前例通り』で片付けられるだけ。誰も新しい方法を考えようとしない!」


アルマの言葉に熱がこもり、周囲の空気が再び揺れた。その様子を見ながら、カーライルは目を細め、短く呟いた。


「なるほどな。」


冷静なその一言に、アルマはさらに不満を募らせた様子だった。しかし、カーライルは続けた。


「解決策が一つある。ただし、それを教えるには銀貨一枚が必要だ。さっきの銅貨みたいに投げつけてくれたら話してやる。」


軽い調子のその言葉に、アルマの表情は瞬時に険しくなった。


「銀貨一枚?ふざけないで!街を良くしようと思う気持ちはないの?ただの飲んだくれじゃない!」


怒りを露わにした彼女の声が店内に響き渡るが、カーライルは冷静な声で返した。


「俺にも生活がある。銅貨三枚のうち、一枚はビール代だ。知恵には値段がつく。それが気に入らないなら、話はここで終わりだ。」


その冷淡な言葉に、アルマは椅子を蹴り飛ばした。大きな音が店内に響き渡り、周囲の冒険者たちが一瞬だけ目を向けたが、再び各々の会話に戻る。


アルマは怒りを露わにしながら勢いよく扉を開け、振り返ることなく低く吐き捨てた。


「期待した私がバカだったわ。」


扉が力強く閉じる音と共に、冷たい夜風が一瞬だけ酒場の中に吹き込む。その風が去った後、酒場は再び静寂に包まれた。カーライルは微動だにせず、その背中を見送りながらジョッキを静かに持ち上げる。琥珀色の液体が喉を滑り落ちる間、彼の瞳には苦笑と共に、どこか諦めたような複雑な色が浮かんでいた。


やがて視線をカウンターに移すと、アルマが投げた三枚の銅貨が薄明かりに鈍く光っているのが目に入る。そのうちの一枚を指先で軽く弾くと、乾いた音を立てて木目のカウンターを転がる。その音は静寂の中に妙に大きく響き、カーライルは小さくため息をついた。


「カーライル、ちょっといいか?」


カウンターの奥から、マスターが落ち着いた声で呼びかける。顔を上げると、彼はいつもの飄々とした表情ではなく、どこか真剣な面持ちでグラスを拭いていた。


「さっきの子、領主様の娘さんだ。王立魔法学院を飛び級で首席卒業して、この街を良くするために戻ってきたらしい。」


カーライルは一瞬だけ目を細め、手元の銅貨に視線を戻す。「そんな大層なお嬢様が、なんで愚痴聞き屋まで来るんだ?」


皮肉を込めた問いに、マスターは肩をすくめて苦笑する。


「俺にも分からんが、あの子、本気だ。もし何か問題が起きて領主様の耳に入ったら、こっちが面倒になる。お前、あの子を追ってフォローしてくれないか?」


カーライルは不機嫌そうに眉をひそめた。「冗談だろ。俺に何をしろってんだ?天才のお嬢様を相手にするなんて、柄じゃない。」


「確かに天才かもしれない。」マスターはグラスを置き、目を合わせて言葉を続けた。「だが、どれだけ頭が切れても、若さだけじゃ越えられない壁がある。」


その一言が、カーライルの胸を静かに刺した。かつて自分も若さと情熱だけを頼りにダンジョンへ挑んでいた日々。そして、その先に待っていたのは残酷な現実。記憶の底から蘇る苦い思い出と共に、アルマの強い瞳の奥にかすかに見えた不安が頭をよぎる。


「無鉄砲なところはあるが、あの子ならやり遂げるかもしれない。お前も、そう思ってるんじゃないか?」


マスターの問いに、カーライルは鼻で短く笑った。(早い話が、フォローしろってことか…)


しかし、長年世話になってきたマスターの頼みを無下にするのも気が引ける。カーライルはジョッキをカウンターに置き、低い声で応じた。


「やれやれ…俺の柄じゃないが、世話になってるお前の頼みだ。仕方ないな。」


その言葉に、マスターは安心したようにニヤリと笑い、軽く背中を叩いた。


「助かるよ。お前なら、うまくやれるさ。」


カーライルは何も言わず立ち上がり、酒場の扉に手をかける。扉を開けた瞬間、冷たい夜風が顔を撫で、まるで彼の背中を押すように吹き抜けていった。

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