ソフィアは横にした剣を両手で、差し出すように掲げる。
「あなたの剣です」
ゴーストはその剣をひと目見て、おれを解放した。
剣を掴み、月明かりに照らす。
「これは……まさに、私の剣だ」
ゆっくりと、丁寧な仕草でソフィアは頭を下げる。
「すみません、わたしたちで勝手に直してしまいました。あまりにも、ひどい状態だったのです」
「あの朽ちた剣が、本当に私の剣だったというのか。あの剣は鍔の銀細工もほとんど欠けていた。元の形も知らずに復元できるわけがない」
「はい。仕方がないので、わたしが想像でやりました」
「バカな。これは私の記憶に残る細工そのものだ。想像でこんなことができるわけがない」
「そうですね。本当は、真似ただけです。欠けずに残っていた部分が、昔、祖父がよく作っていた細工に似ていたので、それを再現しただけです」
ゴーストは、初めてソフィアの顔を見た。
「祖父の名は?」
「キースです」
「キース……。キース・シュフィールか?」
ソフィアは目を丸くして、「はい、そうです」と頷いた。
「キースめ、いい孫を持ったな……」
ゴーストの口調から刺々しさがなくなり、穏やかなものに変わる。
「お前の名は?」
「ソフィアと申します」
「ソフィアよ、お前の祖父はいい職人だった。この細工の意味を知っているか」
「はい。持ち主の幸運を願って彫られた、銀細工です」
「そうだ。やつが作ったこの剣を主君から賜ったときから、私の人生は鮮やかな色に変わった。友に恵まれ、愛する者と出会い、結ばれ、子を授かった。その景色のすべてに、この剣はあった」
ゴーストは再び剣に視線を落とす。
「この剣は、私の幸せな思い出そのものだ」
ゴーストの姿が薄れていく。
「迷惑をかけてすまなかった。そしてありがとう、ソフィア」
それからおれのほうに近寄ってくる。
「冒険者のショウと言ったな。お前は果報者だ。ソフィアほどの職人は、世界中どこを探してもおるまい」
「おれもそう思う」
「この期に及んで勝手な話だとは思うが、最後の頼みを聞いてくれまいか」
剣の柄を差し出されたので、受け取る。
すると左手首の出血が止まり、みるみるうちに傷が塞がる。体中の打撲の痛みも消える。
「我が墓所に……妻と子が共に眠る地に、この剣を戻して欲しい……」
「場所は?」
「メイクリエ王国、ガルベージ領ディブリス教会」
「わかった。必ず届けると約束する」
「ありがとう……——」
それを最後にゴーストナイトは、霧が闇夜に溶けるように消えていった。
緊張が解けたのか、ソフィアは鍛冶屋の外壁に背中を預け、へなへなと尻餅をついた。
おれはそんなソフィアの隣に腰掛ける。
大きく息をついてから、ソフィアに微笑みかける。
「お疲れ様、ソフィア」
「……はい、ショウさんもお疲れ様でした。けれどすみません、わたしの仕事が遅いせいで、ひどい怪我を」
「それはいいよ。ゴーストが還り際に、治してくれたし、そもそも相当早い仕事だったと思う」
すると安心したように、ソフィアも微笑んだ。
「……嬉しかったです。窮地に陥っても『最後までやるんだ』と言ってくれて。わたしを信じてくださったのは、家族以外では、あなたが初めてでしたから……」