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第162話 エピローグ





「迎えに来ましたよ、アルミエス」


 予告もなしにやってきたかと思ったら、ハルトはにこやかに言った。


「お前、わざわざ来てしまったのか。行かないと返事をしたはずなんだがな」


「だから迎えに来たんですよ。父上の戴冠式なんです。あなたとの約束を守ったんですから、あなたにはそれを見届ける義務があると思います」


「あいつが約束を守ったのは感心するよ。だから私も約束を守って、この先もあいつらに付き合う。それだけで済む話だろう。式典に出席したところで、退屈するだけだ」


 あれからもう十年が経とうとしている。


 メイクリエ王国の王になるという約束を、ショウ・シュフィールは守った。数々の実績を作り、貴族や庶民を問わず人々の支持を集めた。そしてセレスタン王が存命のうちに王位の継承を決めたという。


 この十年、退屈することはなかった。


 グラモルを始め周辺国の発展に努めてみれば、いつの間にか他国への怨嗟は聞こえなくなっていった。むしろ自国を誇るような言葉が聞こえるようになっていった。


 そして、いつも言われる。幸せそうな誰かに。ありがとう、と。


 シュフィール家とその仲間たちとは、ちょくちょく交流があった。会うたびに、こんな面白い物を作った、そちらはどうだ? とか、そんな話をする。基礎技術は明らかにアルミエスが上回っていたのに、彼らにはいつも驚かされた。


 未熟ではあるのだが、どう使うかという発想が違う。


 刺激を受けて、彼らの発想を上回ろうと頭を捻り、実現してやったときなど痛快な気持ちになる。


 やがてアルミエスの周りでも面白いアイディアを出す者が現れ、一緒になってシュフィール家に対抗するようになっていった。


 その上で互いの技術を認め、称え合ってきた。素直な言葉で褒めたことはないが。


「何度も言っているだろう。私は、お前たちと馴れ合うつもりはないんだ」


「そうですか? 馴れ合ってくれてると思いますけど」


「私は、そんなにチョロい女じゃないぞ。あいつらが言ってたことは正しかったし、それをきちんと証明したのも感心するが、それだけだ」


 そう、それだけだ。


 正直なところ、かつて欲しがっていたものは、もう手に入ったのだと思う。


 認め合える誰かがいて。周囲の者たちに愛されて、称えられて。


 封印される前、あの男と出会う前だったなら、きっと満たされていた。


 でも今、彼はいない。


 その生まれ変わりに見つけてもらうために、今のすべてを放棄して、また悪いことをしてしまおうかとさえ考えてしまう。


 それでまた討たれるのなら、今度こそ諦めもつく。そのときは、野望とともに残りの人生をすべて封じてしまってもいい。


「アルミエス、ぼくにはわかっています。友達もできて、みんなに喜ばれて……でも満たされていないのでしょう? 昔、愛した人を今でも想っているのでしょう?」


「……お前の親から聞いたのか?」


「いえ。それくらい、見ていればわかります」


 ハルトにはよく驚かされる。作ったばかりの発明品の原理をすぐに看破されたこともある。こうしてときどき心を読むようなこともしてくる。


 いつもならそれだけだが、今日のハルトはもう一歩踏み込んでくる。


「ぼ、ぼくじゃ代わりになりませんか!?」


 顔を真っ赤にしながらそんなことを言うので、アルミエスは思わず苦笑してしまう。


「なにを言い出すんだ。お前はまだ子供だろう」


「この前、十五歳になりました! まだ成人ではないですけれど、婚約相手を見つけてもいい年頃です! それに、あなたにとっては誰だって子供のようなものじゃないですか。ぼくの今の年齢なんて誤差です」


 あまりに真剣な眼差しに押されてしまう。黄色い綺麗な瞳に吸い込まれてしまいそうになる。思えば、も同じ瞳をしていた。


「初めて会ったときから、ずっと好きなんです。ぼくのすべてを、あなたにあげます」


「——!? お前、今……」


 その言葉は不意打ちのように、アルミエスの胸を貫いた。


 鼓動が高鳴っていく。


 目を見開いたアルミエスに対し、ハルトも不思議そうに自分の口元に手を当てる。


「あれ……? おかしいです……。初めて言ったはずなのに、前にも、同じことを言ったことがあるような……」


 唇が震える。背筋がぞわぞわする。


 どうして気づかなかったのだろう……?


 瞳の色だけじゃない。技術の原理や考えていることを見抜く、あの観察眼。


 アルミエスの愛した、あのショウ・シュフィールと同一ではないか。


 初めて会ったときからというなら、アルミエスだってそうだった。


 ただの子供なのに、妙に気に入ってしまっていた。大した用事もないのに遊びに来るショウたちを邪険にしきれなかったのは、いつもハルトがいたからだ。


 なにより、あの言葉……。


 封印されるとき、彼がそう言った。本当にすべてを——生命をアルミエスに捧げたのだ。


「そうか……お前だったのか……」


 アルミエスはハルトを強く抱きしめる。


 ハルトは硬直する。体温も上がったようだ。


「あ、あの、アルミエス……?」


「いいよ。そこまで言うなら、お前のすべてをもらってやる。共に生きてもらうからな……」


「は、はい……。嬉しいです。きっと、幸せにします」


「バカだな。それは私のセリフだ。幸せにしてやるぞ、ハルト」


 アルミエスの瞳からはとめどなく涙が溢れていく。満たされた想いが、器に入り切らずにこぼれていくように。


 物を作ることは幸せを作ること、か……。


 心の中で、シュフィール家の面々に投げかける。


 彼らの提案に乗らなければ、生まれ変わりに気づくことはなかった。再会もなかった。


 ならばこの運命も、この幸せな気持ちも、彼らが作ってくれたようなものだ。


 感服したよ。ショウ・シュフィール・メイクリエ。ありがとう……。


 ——その日、野望を抱いた魔王は消えた。


 そこには愛する者と抱き合う、ただの幸福な女性がいるのみだった。


 ハルトはその後、父ショウの志を継ぎ、アルミエスの助力も得て、革命的な魔導器をいくつも発明して、新たな技術革命を起こす。


 そしてその次代もまた、違った発想で新たな物を作り出していく。


 物作りに、終わりはない——。

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