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第160話 面白いやつだな。気に入ったよ





 ——それから三ヶ月後。


「次に会うのは十年後だと思っていたのだが、な……?」


 グラモルに入国したおれたちを、アルミエスは呆れ顔で出迎えてくれた。


「王様になるにも、こういう外交で実績を作っていかなきゃいけないんだ」


 あれからグラモルは、各地への侵攻を中断した。やがて正式に休戦することになったが、各国との仲介役をメイクリエ王国が引き受けることになったのだ。


 以前ならおれたちの手はもう離れたとして政治の専門家に任せるところなのだが、今回は志願してやってきたのだ。


「約束を守ろうとする姿勢は悪くない。せいぜい頑張ることだな。私は同席するつもりはない」


「ちょっと待って。魔王様が会談に出ないで誰が出るんだ」


「グラモルの王が出るだろう」


「あなたは、本当にグラモルの王じゃなかったのか。魔王なんて呼ばれてたのに」


「昔もそうだが、勝手に呼ばれているだけだ。私は魔王などと名乗った覚えはない」


「じゃあ、立場としてはただの客分だったのか。よくグラモル王に休戦を同意させられたね」


「説得したのさ。私が手を貸さなければ、各国の反撃を受けて国が滅びると強調してやった」


「やっぱり実質的にはあなたが支配者か」


「つまらない王ではあるが、責任の追求はほどほどにしてやってくれ。賠償などであまり搾られると、この国を豊かにしてやれなくなる」


「できるだけやってみるよ。あなたも約束を守ろうとしてくれていて嬉しいな」


「……ところで、さっきからこちらをチラチラ見てるその小さいのはなんだ?」


 アルミエスはおれの足元のほうへ視線を落とす。


 そこには、おれの足に隠れながらアルミエスを覗くハルトがいる。


「おれの息子だよ。魔王がいい人だったら会わせるって約束をしてたんだ」


「私は、いい人なのか?」


「少なくとも十年間はそうだと信じるよ。ほら、ハルト。照れてないで、ご挨拶」


「…………」


「ハルト?」


「は、はい、パパ……」


 ハルトはおずおずと、おれの足から離れる。


 普段はこんな風に恥ずかしがる子ではないのだが。相手が魔王だからと緊張しているのだろうか。


「はじめまして、ハルト・シュフィール・メイクリエです」


 お行儀よくお辞儀をするハルトを見て、アルミエスは微笑んだ。


「アルミエスだ。礼儀正しいやつは嫌いじゃないぞ」


「……あ、ありがとう、ございます……」


 ハルトはアルミエスを見上げたまま、どんどん顔を朱色に染めていく。


「どうした? 私の顔になにかついているか?」


「いえ……あの……きれい、です」


 ふっ、とアルミエスは吹き出した。


「はははっ、ショウ・シュフィール、お前はもう息子に口説き文句を教えているのか」


「えがおも、すてきです」


 ハルトが続けるので、アルミエスはますます笑ってしまう。


「面白いやつだな。気に入ったよ」


 頭を撫でられて、ハルトは嬉しそうに、恥ずかしそうに笑う。


「ハルトがこんなこと言うなんて、おれ、初めて見るけど……」


 隣で見ていたソフィアにささやく。


「気に入ったものをベタ褒めしてしまうのは、ショウさんの血ですね」


 妙に納得した様子で返される。ノエルやアリシアにも、うんうんと頷かれる。


 そこは遺伝しなくてもよかったと思うのだけどなぁ……。


「ねえ、アルミエス。会談までまだ日があるし、色々と話を聞かせてくれない? この前はあんまり話せなかったけど、アタシたち、あなたに興味津々なんだから」


「私は、馴れ合うつもりはないのだが——」


 ノエルの提案を断ろうとするアルミエスだったが、ハルトの視線に気づいて、声が詰まってしまう。


「だめ、ですか……?」


 潤んだ黄色い瞳に見つめられて、アルミエスは小さくため息をついた。


「……仕方ない。付き合ってやる」


 客間に通されて、円形のテーブルを囲む。


 いつもはおれかソフィアの隣に座るハルトだが、今日はアルミエスに近い席に座る。隣に座ろうとしないのが奥ゆかしい。


「まったく……。この私にここまで馴れ馴れしくするのは、あいつ以来だ」


「あいつとは、昔のショウ・シュフィール氏のことだろうか」


 さっそくアリシアが食いついた。


 素早く手帳とペンを取り出し、興奮気味にアルミエスに問いかける。


「私が思うに、彼は貴方を愛していたと思うのだが……どういう関係だったのか、差し支えなければお聞きしたい」


「そうか……。やはりあれは、愛だったのだな……」


 寂しそうに呟く。どこか遠くを見つめる。


「あいつとは、関係らしい関係があったのか私にもよくわからない。あいつは、私を追う一団にいて……何度も実力の差を思い知らせてやったのだがな。なんなら絶望させてやろうと技術の一端を見せてやったりもしたが……結局は折れなかった。まあ、面白いやつだったよ」


「面白いとは、好きだったという意味だろうか」


「さあな。ただ、追い詰めてしまったことは後悔している。やつらは『魔封の短剣マジックシール』を用意した。あれは刺した相手だけを封印する物じゃない。短剣を持った者も障壁の内側に取り込んでしまう」


「では、ショウ・シュフィール氏は……」


「私の胸の中で、ゆっくりと息絶えていった……。おぼろげな意識の中でも、あいつが言っていたことは聞こえていたよ。嬉しい言葉もあった。不思議なくらい胸が高鳴る言葉も……。生まれ変わってまた会いに来てくれると、約束してくれたのだが……な」


 アルミエスは儚げな笑みをおれに向ける。


「期待外れだったよ」


 それからアルミエスは話題を変えた。ソフィアやノエルの技術的な質問に答えてたり、アリシアに合成生物キメラについて語ってくれたりした。


 しかし、ショウ・シュフィール氏の話だけは、もうしなかった。

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