「——おれは、技術そのものに正も負もないんじゃないかと思う」
壊れた戦闘車両や、おれたちの武装工房車に目を向ける。
「ここに来るまで、おれたちのしたことを非難はされたし、魔王軍の戦力にも苦しめられた。技術は、人をいくらでも苦しめられるのだと思い知らされたよ。けどね……」
おれはセレスタン王やサフラン王女の言葉を思い出す。
「剣はひとりでに人を傷つけたりはしない。傷つけるとしたら、使う人間にその気があったか、使い方を間違えたかだ」
「人の善し悪しの問題だと言いたいのなら、私も、グラモルも、お前も悪ということになるな」
アルミエスの指摘には頷かざるを得ない。
「今回の件で言えばそうだ。けど、人には色んな側面がある。誰かを傷つけてしまったからといって、その人の本質が悪だったとは限らない」
おれはちらりとバーンを一瞥する。
「人は間違えるし、誰かを傷つけることもある。でもなにかのきっかけで変わる。どんな過ちを犯してしまったって、現状を良いほうに作り直すことはできるはずなんだ!」
「お前は私たちが悪となっているこの状況も作り直せると言うのか?」
「そう思っている。そして、その方法こそが、あなたを満たすもうひとつの手段だ」
「どんな方法だ」
「技術の使い方を変える。もっともっと技術を世界に広げて、恩恵を振りまくんだ」
「バカめ。そんなことしても、人は結局、技術を争いに使うだけだ」
「おれはそうは思わない。魔法も普及したての頃はそうだったけれど、今では当たり前のもの過ぎて争いの火種にはなっていない」
「他の火種が増えただけだろう」
「そもそも火種自体が、経済や技術の格差から生まれるんだ。おれの知る限りの歴史では、争いは、追い詰められて生きるのに奪うしかなくなった側から起こされてる。奪わなくてもいいくらい満たされていれば、争うこともないはずだ」
「お前は人の本質が善だと信じているからそう言える。たとえ満たされていても、人は争いを求めるぞ」
「争うにしたって、他の方法がある。暴力だとか戦争だとか支配なんてナンセンスだ。戦争のせいで天才が死ぬかもしれない。育つべき才能が摘まれてしまうかもしれない。それでどんなに技術が発展したって、幸せが作れるとは思えない」
ソフィアがおれに目を向けて小さく笑む。
「そうです。わたしも、そう言いたかったのです。そして、なにより気に入らないのは……」
おれとソフィアは声を重ねた。
「古い!」
アルミエスは目を丸くする。
「新技術を生み出そうという方が、そんな古臭いやり方にこだわっているなんて、本当に恥ずかしいことだと思うのです」
「は、恥ずかしいだと……!」
「アルミエスさんは、封印から目覚めたばかりなので仕方ないとは思いますが……早めに意識を更新していただきたいのです。そうでないと、恥ずかしい老害エルフさんになってしまいます」
アルミエスは不機嫌そうに眉をひそめる。
「挑発しているつもりか?」
「……なんちゃって」
「はあ?」
今度は呆れたように口を開く。
ソフィアは小首をかしげて微笑む。
「冗談です。ただ、わたしたちがひと目見て憧れるような技術を持っている方が、古い考えのままでいて欲しくないと……できるなら、ずっと先を行って、わたしたちの目標でい続けてほしいのです」
「……そうか」
憧れと言われ、どこか満更でもない様子でアルミエスは呟く。すぐおれのほうに顔を向ける。
「それで? お前の言う、他の争う方法とはなんだ?」
「人をどれだけ豊かに、幸せにできるかを競うやり方だ」
「お前は、それで私が満たされるとも言ったが……本気か? そんな方法で」
「あなたもその技術で人々の生活を豊かにしてみたらわかるよ。どれだけの人が、心から愛してくれるか。心が満たされていくか」
アルミエスは考えるような沈黙のあと、小さく息をつく。
「……それは試したことはないが……信じられないな」
「なぜ信じられない?」
「ただの言葉だからだ。お前が今までそうしてきて、その実績で王にでもなっているのなら信憑性はあるのだが」
おれは苦笑する。
「えぇと、一応、一介の冒険者からメイクリエ王国の王子にまではなれたのだけれど、それでは足りない……かな?」
「足りない。そこまでは王侯貴族に媚びを売るだけでもなれるからな」
「むぅ……」
困ってしまったところで、おれの隣でソフィアが胸を張った。
「ではショウさんは、王様になります」
「えっ!?」
「ほう。いつ?」
「十年後までに」
「ちょっ」
「わかった。それくらいなら待ってやる。それまでお前たちの言うやり方を試してみるが……十年後、王になっていなかったら、私のやり方に戻す。それでいいな?」
「わかりました。約束します」
勝手に話をまとめられてしまった。
「ちょっと待って、ソフィア! おれ、王様になるの?」
「はい。王様になってください」
さらりと言われてしまう。
「えぇ……。おれ、継承権最下位だし、そもそもその気なんてなかったのだけど……」
アルミエスが冷たく目を細める。
「なんだ、ハッタリか。それでは今までの話もみんな信じられなくなるな」
「い、いや、ハッタリじゃない! わかった、なる。なるよ! おれがメイクリエの王になって証明する! できなかったら好きにするがいいさ。けどそれまではアルミエス、あなたはおれたちのライバルで、どちらがより多くの人々を幸せにできるか競うんだ。いいな!?」
ふっ、とアルミエスは笑ったようだった。
「いいだろう。手始めはグラモルか……。少しは、楽しめるかもしれないな」
その言葉を最後に魔王アルミエスは、どんな魔法を使ったのか、音もなくおれたちの前から姿を消していた。