「実際、使ってみると凄いな……。ここまで本当に一日もかからないなんて」
宮廷から港町まで武装工房車に乗ってやってきたおれたちは、自画自賛ながら、その性能に驚いていた。
「はい。設計の時点でこれくらいはできるとは思っていましたが、やはり目の当たりにすると感動が違います」
「馬車だとだいたい一週間かかるのに、ほんの数時間で着いちゃうんだもんね」
「馬も一日で歩ける距離には限度があるからな。速さも凄いが、いくら走らせても休ませる必要がないのは凄い利点だ」
「おれ、距離の感覚が狂っちゃいそうだよ」
そんな話をしながら、事前に手配しておいた船に武装工房車を積み込む。さすがに海は越えられない。
出立前、セレスタン王は護衛をつけると言ってくれたが、それは断った。
各地での被害を鑑みるに、魔王の軍を相手にできるのはごく一部の強者か、同等の技術の装備を持った者だけだ。そしてその装備は、おれたちも自分たちの分しか作れていない。
兵士を無闇に連れて行っても犠牲を増やすだけなのだ。
連れて行くなら、武装工房車に乗せていけるだけ。おれたちを除けば、せいぜいあとひとり。
おれは技術的な助力を得るべく、ケンドレッドに同行を頼んだが断られてしまった。
「俺も魔王の技術ってのには興味津々だけどよ。さすがにこの歳になって荒事はな……。足手まといになるのはごめんだぜ」
……とのことだ。
そこで結局、いつもの四人で行くことにしたのだ。
船で海を渡ったあとは、目的地に向かって武装工房車でひた走るのみだ。
馬車なら二ヶ月はかかる道程を、一週間足らずで走破する。
エルフの里シマリリスは、ロハンドール帝国領内にある大森林の奥に存在するという。武装工房車の大きさでは森に進入できないので、そこからは徒歩になるだろう。
その大森林も目前というところで、おれたちは異様な集団と遭遇した。
そいつらは道を封鎖していた。
おれたちの武装工房車ほど大きくはないものの、同じように装甲に包まれた車で行く手を塞いでいる。
その周囲に武装した兵士が、数名ほど。
「止まれ! お前たち、森になんの用だ! 増員は聞いていないぞ!」
おれたちは停車させてから、車内で顔を見合わせる。
「増員?」
「仲間だと思っているようです」
「あー、似たような物に乗ってるから」
「ということは、やつら魔王の手の者か。成敗してやる」
「待った待った、アリシア待った。まずはおれが話してみるよ。聞きたいことあるし」
おれは降車して兵士に歩み寄る。
「誰だ、お前は!?」
「おれはメイクリエ王国第六王子ショウ・シュフィール・メイクリエ! 親類に会うべくシマリリスへ向かう途中だ。道を開けていただきたい!」
「メイクリエのショウだと……そうか、お前があの元凶のショウか! お前の作った新技術のせいで、俺たちがどれだけ苦しんだことか!」
元凶などと言われ、おれは面食らってしまう。
「なんのことだ? おれは人を苦しめたつもりはない」
「そうだろうよ! お前みたいな大国の王侯貴族は、小国の事情なんか知らねえだろうさ! お前がスートリアでしたことで、どうなったことか!」
「おれたちはスートリアを貧困から救って、戦争を止めただけだ。それが、君たちにどう繋がるんだ。君たちは何者なんだ。あのとき罷免された高僧たちの関係者なのか?」
「俺たちはグラモルの民だ! スートリアの新素材繊維に、どれだけの富を奪われたか、お前にはわからないか!?」
グラモルは魔王が拠点としている国だと聞いているが、それ以前はあまり話題に出ない小国だった。富めるわけでも貧するわけでもなく、綿や絹といった布地の生産を主産業として経済的に自立した国だったはずだ。
そこで思い至る。
「……まさか、グラモルの布地が売れなくなったのか」
「そうだよ! 我が国唯一と言ってもいい産業が、スートリアに潰された! 良い物を作れたと思っても、大量生産できたと思っても……お前たちの新技術は、それを超えてくる! グラモルは貧していくばかりだ!」
「……すまない。そこまで考えが至らなかった」
それしか言葉が出てこなかった。頭を下げる。
他国への影響か……。おれも、まだまだ視野が狭かったということだ。
「これからでも良ければ支援させて欲しい。他国と競合しないような、良い物を作れるように」
「それでスートリアのように、メイクリエを太らせる糧となれというのか?」
「そんなつもりは……」
「もう遅いんだよ! 俺たちには魔王様がついてる! 魔王様がくれた兵器があれば、スートリアからも、メイクリエからも富を奪い取れる!」
「奪うだって?」
おれは彼らの装備や装甲車を見遣る。
「君たちはその装備を自分たちで作れるようになったのかい?」
「いや? なぜそんなことを聞く?」
「それじゃあ、なにを奪ったところで同じだ。魔王がいなきゃなにもできない。経済格差は解消できないよ」
「黙れ! そんなこと奪ってから考えれば良い! お前たちさえいなければ、邪魔な新技術は生まれない!」
男は合図するように手を上げた。道を塞いでいた装甲車の大砲が、こちらへ向けられていく。
まずい。撃たれる。
もう話はできないと判断して、おれは武装工房車に飛び乗る。
直後、敵の大砲が火を噴いた。
凄まじい爆音と衝撃。とてつもない威力だ。
「ははははっ! 魔王様の兵器を、貴様らの技術で防げるものか!」
やがて爆煙が晴れていく。
その兵士は、こちらを見て笑い声が止まった。顔が引きつる。
「バ、カな……」
あの大砲は、本当に驚異的な威力だ。小さな村なら一発で吹き飛んでしまうだろう。
だが、武装工房車の装甲は、おれが知る伝説級の防具の製法で作られ、防御魔法の魔力回路でさらに強化されている。
この程度では、傷ひとつ付かない。
「甘く見るなよ、おれたちの技術の結晶を!」