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第146話 恋い焦がれていたのだ





「ショウさん、見つかったそうです」


 対策会議のあと、早速ソフィアが声をかけてくれる。


「良かった。どこで見つかったんだい?」


「はい、アリシアさんのお屋敷です。馬車を待たせています。すぐに行きましょう」


 おれはソフィアに促されるまま馬車に乗り、アリシアの屋敷へ向かう。新技術開発をやっていた頃、みんなで世話になっていたあの屋敷だ。


 調べてもらっていたのは、神のお告げについてだ。


 ——魔王のことは、ショウ・シュフィールに聞け。


 おれのことだと思っていたが、それは間違いだったと気づいたのだ。


 おれの「ショウ」という名前は、ソフィアが付けてくれたものだ。ソフィアの先祖の中で、特に立派だった人の名前をくれた。


 お告げで言われたのは、その先祖に違いない。


 ソフィアも過去のショウ・シュフィールについては、かつて魔王が現れたときに活躍したという程度の話しか知らなかった。


 そこでおれたちは、ソフィアの生家に記録がないか調べた。しかしソフィアが追放されたときに処分されてしまったのか、有益な情報は残されていなかった。


 ソフィアの生家を当時管理していた貴族に問い合わせたり、関わりのあった者を探していくうちに、ガルベージ家が浮上してきたのだ。


「思えば、わたしとアリシアさんの祖父同士には親交があったのです。もっと昔から関わりがあったとしても不思議ではありませんでした」


 そうしてアリシアに頼んで屋敷を調べてもらった結果、手がかりが見つかったというわけだ。


 すぐ書斎に通される。何度となく会議に使った部屋だ。インクと紙の匂いが懐かしい。


 すでにノエルは待機していた。おれたちもテーブルに着くと、アリシアが一冊の古い手記を持ってきてくれる。


「ソフィアのご先祖の、ショウ・シュフィール氏の手記だ。私のご先祖に、友情の証として贈った物のようだ」


「中を見てもいいかい?」


「ああ、きっと驚くと思う」


 手記はスケッチが中心で、補足に文章が添えられているものだった。


「このスケッチ……まさか魔力回路? この時代に?」


「待って。ここに描かれてる装置、射出成形インジェクション装置に似てない?」


「こちらは、絵だとよくわかりませんが、文章によるとモリアス鋼の特徴にそっくりです」


 どうもショウ・シュフィール氏は、魔王を追う中で目にした技術を記録していたようだ。


 いくつかは古くなって判読不能となっているが、これらの技術を解析しようとしつつも、どうしてもできないとの嘆きを綴っている。


「今、暴れてる魔王と同じ技術だってことは、この頃の魔王と同一人物なのかな」


「聖女様はって言ってたし、やっぱりそうなんじゃない?」


 手記を読み進めると、ショウ・シュフィール氏の関心は、特に射出成形インジェクション装置に注がれていたのがわかる。やがてその原理は理解したようだが、再現できる技術がないことを悔しがっている。使われる素材も解明できておらず、苛立ちが筆跡に現れている。


 それも仕方ないだろう。


 魔法が扱われ始めたのは、この魔王との戦いの最中だそうだ。魔力回路が使われ始めたのはもっとあとだ。おれたちの射出成形インジェクション装置は、その魔力回路があってこそ成立している。この時代に作れるわけがない。


 素材に関しても、まさか魔物の体液や排泄物から抽出するとは思いもよらないだろう。おれのひらめきだって、奇跡的なものだと思っている。


 むしろ、この時点で原理を理解しただけでも凄いことだ。


 やがて手記のスケッチは、ひとりの女性が描かれる頻度が急激に上がった。


「綺麗な人です……。特徴からするとエルフ……いえ、ダークエルフでしょうか?」


「なんかこの人の絵にだけ、やたら気合が入ってない?」


「私にはわかるぞ。ショウ・シュフィール氏は、この女性に恋い焦がれていたのだ」


 自信満々にアリシアが言う。言われてみれば、そのように見えてくる。


「どういう関係だったんだろう?」


「この方の絵には、なんの文章も添えられていないのですね……」


 そこで唐突に、破られたページが数枚ほど現れる。


 その次のページには、文章だけが記されていた。


『エルフたちの助力に感謝する。魔王は私の生命をもって封印する。願わくば、封印道具の手記は悪用を防ぐため処分して欲しい』


 手記はそれで終えられている。


「……ソフィア、このショウ・シュフィールはどうなったんだい?」


「魔王討伐の旅で、生命を落としたと聞いています。シュフィール家は、その弟が継いだと」


 おれは手記から顔を上げた。


「スケッチされていた女性は、魔王なんじゃないかな?」


 アリシアは目を丸くする。


「敵を、好きになってしまったと?」


「彼は職人だったんだ。相手の技術に驚いて、悔しがって、でもきっと憧れたんだと思う。そんな技術の持ち主が、こんな美人なら心惹かれても不思議じゃない」


 ソフィアは深く頷く。


「わたしにもその気持ちはわかります。だから討伐したくなくて、封印という手段を取ったのではないでしょうか」


「そうかも……。でも、したい、したくない以前に討伐しようがなかったのかも」


 ノエルの言葉に、みんな揃って視線を向ける。


「どういう意味?」


「エルフとかダークエルフって、寿命長いでしょ? でもこれでも短くなったらしくて、大昔には千年生きたり、そもそも普通には死なないエルフもいたらしいの。魔王がそんな古代エルフだったら、武器や魔法じゃ生命を断つことはできないんだと思う」


「だとしたら、今回も封印という手段を取るしかないが……」


 アリシアは手記の破れたページを開く。


「手がかりは失われてしまった」


「いいえ、アタシに心当たりがあるわ」


 ノエルは自信ありげに口にする。


「アタシのお祖母ばあちゃんなら、当時のこと覚えてると思う」

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