「しかし婚約発表まで、ずいぶん時間がかかったよね」
「立場的に色々あったからなぁ。まあ、一番の原因はレジーナなんだが」
「ようやく納得してくれたんだよね?」
「そうだとは思うが、まだ不服そうでな。養子にするって話は断られてる。傷心だから旅行するなんて書き置きして、どっか行っちまったよ」
「どうせまたこっちに来るんだろうね」
「すまねえが、またしばらく面倒を見てやってくれねえか」
「もちろんいいさ。いつも子供たちと遊んでくれて助かってるよ。エルウッドやラウラは元気かい?」
「ああ、相変わらずだ。仲が良いんだか悪いんだか、あれで付き合ってるっていうんだから面白いよ」
「ケンドレッドさんは?」
「たまに帰ってくるんだが、あっちこっち走り回ってる。例のモリアス鋼で走る車にかかりきりでな。もう歳だろうに、ずいぶん楽しそうだよ」
「そっか。みんな元気ならなによりだよ」
「ああ。それより、セシリーが話したいことがあるそうなんだ。考えすぎじゃねえかと思ってるんだが、あんまりにも不安そうなんでな。聞いてやって欲しい」
「わかった。では、聖女様?」
通信魔導器の映像の中で、バーンは一歩下がり、代わりに聖女セシリーが中心に来る。
「……こんなことは初めてなのですが、神のお告げがありました」
「お告げ? それは、どのような?」
「魔王が、蘇る……と」
「魔王……。今じゃおとぎ話にしか出てこないような存在ですよ」
「ですがお告げでは……。どこか漠然としたイメージのようなものだったので解釈次第だとは思うのですが……私には、魔王復活を予示しているとしか思えないのです」
「それが仮に本当だったとしても、魔王相手じゃおれたちにできることは少ない。聖勇者同盟に伝えたほうがいいと思う」
「もちろん伝えていますが、今回ショウ様にお伝えするのには理由があるのです。イメージだけでなく、わずかですが神の声も聞こえたのです。魔王のことは、ショウ・シュフィールに聞け、と」
「おれに?」
「そして、魔王の野望を絶つのは、シュフィールの血を引く男子だとも……」
どきり、と心臓が跳ねる。
ハルトが、魔王をやっつける勇者になりたいなどと言っていた。まさか?
「ショウ様、魔王の存在に心当たりはありませんか?」
あるわけがない。一応、しっかり自分の記憶を探ってみるが、結論は同じだ。
「申し訳ないけれど、本当に心当たりはないですよ」
「やはり、そうですか……」
セシリーはうつむく。バーンがその肩を優しく叩く。
「ほら、な。きっとなにか悪い夢でも見たのさ」
「そうかもしれません。ただの杞憂なら、それに越したことはありません。魔王の復活だなんて……」
おれは話を続けようとするが、先にノエルが声を上げた。
「ちょーっと、ごめーん! そろそろ魔力が、魔力が切れるぅ〜! 映像付きは消耗がヤバイのぉ〜!」
「ああ、ごめん。バーン、聖女様。そういうわけだから、そろそろ通信は切るよ。お告げのこと、伝えてくれてありがとう」
「おう、またな。お告げのことは、あまり気にしないでくれ」
「すみません。それでは、失礼いたします」
「うん。改めておめでとう、ふたりとも。結婚式には呼んでね」
そこで通信は切れる。大きく息をついて、ノエルが机に突っ伏する。
「ふぃー、疲れたー……。けど魔王ねぇ、本当に復活するのかしら?」
「うーん、あんまり現実味がないね。なんにも知らないおれに、魔王について聞けって言われても困るし」
ソフィアも、ゆっくりと頷いてくれる。
「ひとまず今は、バーンさんの言うとおり、気にしないでおきましょう。お告げのことは、なにか前兆があったときにでも、また考えばいいと思います」
「そうだね、そうしよう」
こんなにも平和で、こんなにも幸せな日々なのだ。
なにか悪いことが起こるなんて、どうしても想像できない。
けれど。
数週間後、ラウラからの緊急通信を受けて、あのお告げは一気に現実味を帯びることになる。
「バーンが、刺されたの!
映像がない。旧型の通信魔導器を使っているらしい。だが、その慌てぶりや声の調子で切迫感が伝わってくる。
すぐ通信相手がラウラからエルウッドに変わる。
「すまない。ラウラは混乱してる。代わりにオレが伝える」
「わかった。エルウッド、なにがあったんだい?」
「モリアス鉱山が、大量の
「バーンは、無事なのかい?」
「ああ、聖女様の治療が間に合った。それは良いんだが、問題は刺されたことじゃない。
「……まさか?」
「そうだ。使われたのは『
「そいつは、いったい何者なんだ?」
「わからない。でも誰かが言ってたよ。魔王だ、って」
「魔王……」
「どちらにせよ、ヤバいことになりそうだ。なにせ敵は【クラフト】使いだ」