「そんなバカな……! こんなことが許されていいのか!?」
おれは衝撃を受け、立ちすくんでいた。
ニチネク村に訪れたおれたちは、新領主として村人から歓待を受けた。
村は温泉を売りにした観光地といった佇まいで、土産物やちょっとした名物料理などが屋台で売られている。
道は歩きやすく舗装されており、自然の景観が楽しめるスポットも多数。温泉が様々な宿に効率よく行き渡る機構も設けられており、さすが技術のメイクリエ王国といった印象だ。
最近まで、そういったところが未発達なスートリア神聖国にいたこともあり、その差を大きく感じてしまう。
そこまでは感心する程度だった。むしろ、なにか作ってやれる余地がなさそうで、少し残念なくらいだった。
やがて一番の高級宿に案内され、美味しい料理をありがたくいただいた。
そして最も良い部屋に通され、その部屋専用の浴場を知った。おれは、そこで衝撃を受けたのだ。
「男女で、浴場が区分けされていないだなんて……!」
宿の主は混浴と呼んでいた。
文献では知っていたが、本当に存在するなんて信じてはいなかった。都市伝説の類だと思っていた。
だって、こんな明るいうちから男女が裸でひと時を過ごすなんて異常じゃないか。
そういうのは夜の、愛をささやく時間だけのものではないのか。
「ありなのか……。いや、ない。でも……うむむ」
「わたしは……ショウさんとなら、ありですよ」
ソフィアはこちらに目を合わせず、頬を染めながら言う。
「そりゃ一対一なら、ありだと思うけど……。いや、うん。やっぱり、おれは後でひとりで入るよ。まずは三人で温まっておいでよ」
「えー、気にしないでいいじゃ〜ん」
なんとか理性を保って言ったのに、ノエルにあっけらかんと拒否されてしまう。
「どうせお互い、初めて見る裸でもないんだしさ〜」
「……ほう」
ソフィアがジト目でこちらを見つめる。
「いや、でも、おれたちそういう関係なんだから! ソフィアだって、認めてくれてたじゃないかっ」
「はい。でも、それはそれ、これはこれなので」
「えぇー」
「ノエル……。私は、見るとしたら初めてになるのだけど……」
顔を真っ赤にしながらアリシアが呟く。
「じゃあ逆にちょうど良くない?」
にっへっへっ、とノエルが悪い笑みを浮かべる。
「ソフィアもさ、いつもは暗いところで見るわけじゃん? ショウの体、明るいところで見てみたくない?」
ソフィアはジト目のまま、瞳をきらりと輝かせた。
「見たいです」
「よーし、じゃあひん剥いちゃいましょ♪ かかれー!」
「うわあっ、かかれじゃないよっ!」
ソフィアとノエルが飛びついてくるので、慌てて一歩引いてかわす。
が、すかさずアリシアが迫撃してくる。
「アリシア、君は味方じゃないの!?」
抑えるべく伸ばした両手が、がっちりと掴まれてしまう。
「せ、せっかくだから。せっかくだから……」
「なに言ってんのアリシア! アリシア!?」
興奮して目が血走っている。すごいパワーだ。振りほどけない。
「そのまま抑えててアリシア! ソフィア、再突撃よー!」
「はい。お覚悟です、ショウさん」
「うわわっ、ちょっとちょっと! きゃー!」
その後のことは、あえて語るまい……。
…………。
翌朝。庭で佇んでいると、宿の主に声をかけられた。
「おはようございます、ご領主様。
「…………うん」
「自慢の温泉です。疲れが取れ、体が軽くなったように感じますでしょう?」
「そうだね……すごかった」
「お気に召しましたなら幸いです。どうぞ、このまま何日でもご逗留くださいませ」
「うん、次はしっかり浸かって疲れを癒やすよ……」
「?」
◇
たっぷりしっかり休養を取った一週間後。
そろそろ帰ろうかという話になり、土産物の屋台をはしごしていたときだ。
「いっそ新しく作り直したほうが……」
「いや、それではいくらかかるか。急なことでろくに予算がないんだ」
「でも修理するだけじゃ、またすぐ壊れてしまう……」
おれとソフィアは、その話し声にぴたりと足を止める。
誘われるように声のするほうへ。ノエルとアリシアもついてくる。
「なにか、お困りですか?」
「はい? こ、これはご領主様! いえ、大したことでは……」
「領民が困ってるなら、話を聞くのが領主の役目だよ」
話を聞かせてもらったところ、温泉の流路の問題だそうだ。
源泉から湧いたお湯は、流路を通って大衆浴場や宿の浴場へと運ばれているらしいのだが、ただ流すだけでは冷めてしまう。
そこで流路に、温泉を加熱する機能をつけている。その機能や、流路の一部が老朽化で壊れてしまったのだという。
「それなら話は早い。みんな、宿泊は延長しよう」
するとノエルもアリシアも頷く。ソフィアも笑顔になる。
「はい、わたしたちの出番です。作り直すだけでなく、いっそ新しい機能も作ってしまいましょう」
村人たちは恐縮してしまう。
「そんな、ご領主様みずから?」
「領主かどうかなんて関係ないさ。おれたちは物作りが好きなんだ。物作りで誰かと関わっていけるのが嬉しいんだ」
今日もこうして、おれたちはなにかを作る。
なにかを作れば、なにかが変わる。きっと良くなる。
そしてきっとまた、誰かの幸せが作られる。
「さあて、今度はどんな面白い物が作れるかな」
このわくわくが胸に宿る限り、物作りに終わりはない——。