——シオンことショウたちがメイクリエ王国に帰ってからしばらく。
「もー、なんだかなぁー……」
ラウラはひとり、義肢工房の庭の木の根本に座っていた。周りのみんなを眺めつつため息をつく。
バーンは特に幸せそうだ。いつも元気なレジーナに振り回されていたり、たまに聖女セシリーが来訪すると、ふたりきりでいい雰囲気になっていたりする。そこにレジーナが空気を読まず突撃して、騒がしくなったり。
セシリーとレジーナで、バーンを取り合っているように見えるが、まあ年齢的にセシリーに分がある。でももしバーンが現状に甘んじて数年経ったりしたら、レジーナもなかなか良いセンを行く気がする。
といったところで、またため息。
人のこと考えてる場合か、あたしは。
工房でケンドレッドと一緒に作業しているエルウッドを眺める。
こっちはこっちで幸せそうである。
義肢製作の合間を縫って、モリアス鋼を利用した乗り物なんかを作っているらしく、師弟揃って活き活きしている。
それはいい。それはいいけど、いつまで放っておく気なんだ、あのバカ……。
みんなが幸せそうな中、ラウラだけ取り残された気分だった。
なにせ、エルウッドは未だに告白してこない。
いやせっかくの機会を遮ったのは自分なのは百も承知だ。でもあのときはムードはないし、ついでみたいなノリだったのが気に入らなかったのだから仕方ないじゃないか。
だいたい、あのときエルウッドは、また今度と言っていたのだ。
今度っていつだ。明日か? 来週か? 来年か? 冗談じゃない。今しろ、今……。
とか思う。いっそ、こちらから催促したり、いっそ告白してもいいような気もしているが、それはそれで弱みを見せるみたいでなんか悔しい。
そうこうしていると、休憩に入るのか、エルウッドたちは二、三言交わしてから作業場を離れる。ケンドレッドがこちらにやってくる。
「なあ、ラウラ。あんまり睨まねえでくれよ。怖くて作業に集中できねえよ」
「べつに見てただけですけどー」
「エルを、だろ」
「べつにエルウッドだけじゃないですし。でもまあ、お師匠様がそんな楽しそうに開発なんてしてるから、エルウッドも他のことに目がいってないんでしょうねー」
「だからそう怖い顔するなっての。エルはべつにお前さんを気にしてねえわけじゃねえよ」
「エルって呼べるっていいですねー。あたしは断られたのに」
「八つ当たりすんなって。あだ名なんて好きに呼べばいいじゃねえか」
「八つ当たりじゃないですしー」
「あのな、あいつもああ見えて結構頑張ってるんだぞ?」
「そりゃあお師匠様と一緒なんだからいいところ見せたいでしょうねー」
「おい、ラウラ。さてはお前、俺が気に入らねえな?」
「べっつにー。嫌う理由なんてありませんけどー」
ケンドレッドは苦笑気味にため息をつく。
「あいつがいいところを見せたいのは、お前にだと思うんだがな」
「そうかなぁ……」
「ったく。あいつは確かに女心がわかっちゃいないが、お前もお前だ。男心がわかっちゃいない」
言われてみれば、そうかもしれない。ちょっと反省。
「ま、少しは素直になってやるのも必要だってことだ。怒ってるとか待ってるとか、そういう一言でもきっかけになる。周りをよく見てみろ。上手くいってるやつらは、素直になるべきところで素直になれるやつらだろう」
「むぅ……」
「わかったか?」
「わかったけど……なんか、正論言われて悔しい……」
「マジで八つ当たりじゃねえか。お前、俺をなんだと思ってんだ」
エルウッドを取った人……とか思っちゃうが、口にしたら事実として認めることになりそうなので言わない。取られてないし。あたしのだし。
でも。
「はいはい。わかりました。ちょっと話してきますよ」
やれやれと思いつつ、ラウラはエルウッドのほうへ向かう。
エルウッドは工房の奥のほうで、汗を拭き、水をがぶ飲みにしたところだった。汗で透けたシャツに大胸筋が浮き出ている。見惚れそうになる。
「ねえエルウッド」
「ラウラか、どうした?」
「なんか最近、頑張ってるわよね」
「ん? ああ」
「ちょっと……格好いいじゃん」
エルウッドは目を丸くして、まばたきを三回した。
「熱でもあるのか」
「うっさい! そっちこそ、あたしに言うことはないの!?」
つい、いつものノリで張り手でエルウッドの尻を叩いてしまう。すぱぁん、といい音がするが、例のごとくエルウッドはびくともしない。
「言うこと? いや……ないな」
「いや、あるでしょ! あたしずっと待ってるんだからね!」
「あ、ああ……。あれは、すまん」
「すまん!?」
ラウラは足元が崩れるような錯覚に襲われた。
謝られたということは、つまり、今はもう好きじゃないということ……?
「ムードってのを、どう出せばいいのかわからなくてな。もう少し勉強する時間をくれ」
続く言葉に安心するが、逆に腹が立ってくる。まだ待たせる気か!
「エル、あたしのこと好き!?」
「んん? あ、ああ、好きだ」
「あたしも好き! 付き合いましょう。今から恋人。いいわよね!?」
「もちろんいいが、いや、でもムードは」
「ごめん、あたしが悪かったわ。それは今度あたしが教えてあげる!」
勢いに任せて、ラウラはエルウッドの胸に手を当て、背伸びした。軽く唇と唇を触れ合わせる。
ちょっとしょっぱい。汗の味だ。
「ラウラ……」
「じ、じゃあ、今後よろしく!」
自分でも冴えてないと思う捨て台詞を吐いて、ラウラは逃げるように工房を後にした。
その際、ケンドレッドとすれ違ったが、彼はなにかほくそ笑んでいるように見えた。
悔しいけれど、彼の言うとおりだった。恩人である。悔しいけど。