「かの者、口賢しき悪徳の徒♪ 決闘に現れたるは五十人♪ 対峙するはふたりきり♪ 素晴らしき槍のショウ・シュフィール♪ 麗しの騎士アリシア・ガルベージ♪ 王の見守るこの戦場、一切の恐れなく立ち向かう♪」
夜の酒場にやってきた吟遊詩人の歌は好評で、客も一緒に歌いだして大盛りあがりの様子だった。
一方、おれたちは店の端に座り、微妙に恥ずかしい気持ちで聞かざるを得ない。
特にアリシアは顔が真っ赤だ。
「まさか私たちのことが歌にされているなんて……」
出発したのは今朝のこと。
溜まっていた領内の仕事が落ち着く頃には、ソフィアは妊娠安定期に入っていた。
医者いわく、母子ともに健康とのこと。
ちょうどアリシアも領内の仕事を片付けたというので、セレスタン王から受領したばかりのニチネク村の温泉に、疲れを癒やしに行こうという話になった。
残念ながらサフラン王女は所用があって参加できなかった。また、アリシアのばあやや、ベネディクト氏も誘ったのだが断られてしまった。
結局、おれとソフィア、ノエルにアリシアのいつもの四人で出立したのである。
「さしものふたりも多勢に無勢♪ しかし弱気は見せぬ、新たに手にした従魔の力♪ アリシア・ガルベージ、百の魔物の長となり悪の兵団を打ち崩す♪」
その旅の途中で立ち寄った町で、食事に入った店で出くわしたのがこの歌である。
どうやら、かつてはメイクリエ王国の最有力貴族だったヒルストンは、民衆からあまり好かれていなかったらしい。それを打ち倒し、同時にこの国に新技術をもたらしたおれたちは大変歓迎されていたのだ。それこそ歌にされるほどに。
しかし面白いのが、かなり脚色があることだ。
おれたちの活動は新技術の開発が主で、武器を取って戦ったのはヒルストンとの決闘くらいだったのだが、歌の中ではヒルストンの悪事を何度も打ち砕いている。
さらに主役がおれとアリシアに絞られている。ソフィアやノエルは時々手助けしてくれる助っ人みたいな扱いだ。
やはり技術開発の話は、英雄譚として盛り上がらないのだろう。
「でも、なんだかおれ、楽しくなってきちゃったよ」
「はい。わたしも麗しの騎士様の活躍にドキドキです」
「うんうん、アタシとか、しっかりおとぎ話の魔法使いしてて嬉しいなぁ〜」
おれたち三人は高評価なのだが、当のアリシアはぷるぷると首を横に振る。
「うああ、なんで私の出番がこんなにあるんだ。身に覚えのない武勇伝ばかりだし、そもそも私、そんなに格好良くないぃ〜」
「そうでしょうか。脚色されていますが、アリシアさんは格好いいときは本当に格好いいですよ」
「そうよねぇ〜。おまけに英雄性っていうのかな。人気出そうな経歴よね?」
「悪の陰謀で腕を負傷し、所領も奪われたけれど、仲間と共に再起して一泡吹かせて、さらに王から褒章をもらい、最後には因縁の相手をやっつける……。うん、言われてみれば見事に物語になってる」
うんうん、とおれたちは頷く。アリシアは唇を尖らせる。
「むしろ、ショウはどうして平気でいられるんだ」
「あそこまで脚色されたら、もうおれじゃないしね。むしろアリシアのほうこそ、たくさん称賛を受けるのは慣れてるんじゃないの? スートリアを出発するときとかおれたちは緊張してたのに、君は平気そうだったじゃないか」
「それとこれとは違う。こんな過大評価されてるような歌、聞いていられないぃ〜」
その晩は吟遊詩人の歌と、恥ずかしがって可愛いアリシアを堪能したのだった。
が、この話はそれでは終わらない。
翌朝、その吟遊詩人がおれたちのもとへ押しかけてきたのだ。
「失礼を承知でお願いいたします! 人々は新しい歌を求めているのです! 是非ともお話をお聞かせください!」
どうやら昨晩の時点で、おれたちに気づいていたらしい。
おれたちの前ではへなちょこになるアリシアも、領民の前では堂々ときりりとした表情を見せる。
「少しくらいなら構わない。しかし昨夜聞かせてもらった歌で、私たちの活躍は充分語り尽くされていると思うが。もしやスートリアの一件も歌にしたいのか?」
「いいえ、その件はまたいずれ。今回お聞きしたいのは、愛の物語です」
「愛ぃ?」
「恐れながら、アリシア様は今やとても人気で、多くの女性の憧れにもなっているのです。そして女性たちは、愛と恋の歌を好むのです! アリシア様はショウ様とご婚約なされているとお聞きしております。その馴れ初めから、愛を育んだ軌跡を是非ともお伺いしたいのです!」
「う、うぅ〜ん。それは……」
「どうか、お願いします!」
アリシアは領民向けの表情を崩さないようにしながら、困ったような視線をこちらに向ける。
ソフィアやノエルと違って、恋愛に奥手なアリシアとは、物語として映えそうな話はあまりない。実はキスもまだなのだ。
とはいえ、アリシアは領民の期待には応えたい様子だ。
やがてアリシアは、意を決して手荷物から本を取り出した。理想の恋愛物語を書き留めていたものだ。
「よ、よろしい。そこまで望むなら話そうじゃないか!」
アリシアは本を片手に、吟遊詩人に語り、質問に応え、また語る。
「ありがとうございます! いやぁ、アリシア様もショウ様も情熱的で、私も聞き入ってしまいました。とても素晴らしい恋愛です。きっと良き歌になります!」
吟遊詩人は大満足して帰っていく。
直後、アリシアの領民向けの顔は崩れて、青い顔で涙目になった。
「どどど、どうしよう! あることないこと語りすぎちゃったよぉ!」
「……もう、諦めるしかないよ」
その日の晩には、もう歌がひとつ出来上がっていて、しかも女性に大好評だった。
こうしてアリシアは、その奥手ぶりとは裏腹に、稀代の恋愛上手として名を馳せることになったのである。