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第138話 補足編② 守らせてくれないか、この僕に





 ——終戦調印式の日。


 その日、ノエルは思いがけない相手と出会った。


「ボロミア……? ボロミアよね!? わあ、無事で良かったぁ〜」


「ノエル……? そうか、そうだよ。いないわけないよね」


 ボロミアは落ち着き払っていた。


 いつものボロミアなら、ノエルより先に見つけて駆け寄ってきて、うるさいくらい喜んでみせるところだ。


 ノエルは調子が狂ってしまう。騒がれたらツッコミを入れようと思っていたのに。


「あ、えっと……久しぶり。さっきも言ったけど、無事で良かった。前線に、いたんでしょ?」


 ボロミアは一瞬、表情に影を落としたが、すぐ笑った。


「ああ、ありがとう。大変だったけど、このとおりピンピンしてる。ノエルも元気そうでなによりだよ」


 ノエルはボロミアの一瞬の影に、なにか悲しい気配を感じてしまう。


 けれどボロミアは明るい様子で、大袈裟な身振り手振りで話し出す。


「君たちの噂は戦場にも聞こえていたよ。国内で物が作れるなら、もう戦う意義がないってスートリアの勇者たちも投降してきてくれたくらいだ。君たちの活動が、戦いを止めたんだよ。これはとても凄いことだ!」


「ボロミア……」


「さすが僕の憧れの魔法使いだ。これ以上ない人助けだよ。君は、どんなおとぎ話の魔法使いと比べても引けを取らない、凄い魔法使いだ」


 その様子は以前の彼のようで、しかし、演技がかって見える。


「どうしたの。あなた変よ、ボロミア」


「なにが変なもんか。僕はいつだって、こんなだったじゃないか」


「全然、違うわよ……!」


 ノエルは思わずボロミアを引き寄せた。その体を、そっと両腕で包み込む。


「あなたは、そんな無理に笑うやつじゃなかった」


 抱きしめられたボロミアは、諦めたように呟く。


「ごめんよ……君は、やっぱり優しいな……」


「ねえ、どうしちゃったの……?」


「僕はもう、おとぎ話の優しい魔法使いにはなれないんだ。君に憧れてたのにな」


 ノエルは優しく引き離される。


「守れなかった友だちがいる……。殺めてしまった人が、いる……」


 ノエルは息を呑む。戦場にいたなら当然だ。それを初めて実感してしまう。


「ずっと君が好きだったけど、戦場で思ったんだ。君が僕の隣にいなくて良かったって。君を僕と同じ人殺しにしないで済んで、本当に良かったって……。おとぎ話の優しい魔法使いに、そんなことさせちゃいけないもんな」


「でも……でも、それでも、あなたは資格を失ったわけじゃない。人を助けたい気持ちは、同じなんでしょう? それなら——」


「同じじゃないよ、ノエル。純白の君と、血に汚れた僕の間には、決定的な一線が引かれてる」


 穏やかに、けれど強い意志で言われて、ノエルにはもう反論できない。


「でも、おとぎ話の魔法使いになれないわけじゃないって、気づかせてくれた人がいるよ」


 どこか明るい、自然な声色にノエルは顔を上げる。


「スートリアの勇者で、カレンさんっていうんだけどね。守るべき人たちのために、悪人と戦う生き方もあると教えてくれた」


 ボロミアは清々しい表情で語る。


「今回は要人護衛や、返還する捕虜の護送が任務なんだけど、もうひとつ大切な仕事があるんだ」


「どんな仕事なの?」


「……君たちが作った盾は、もの凄く助けになったけど、同時にこう思われたんだ。この技術が兵器に転用されて、同胞に向けられたりしたら……?」


「アタシたち、そんなの絶対作らないわ」


「君たちはそうだろう。でも技術が広く普及すれば、考えるやつは出てくる。例のモリアス鋼だって人助けに絶大な効果があるが、逆のことだってできる。だから国際ルールを作るんだ。それを破る者を取り締まる国際的な部隊も必要になる」


「ボロミアも、その部隊に?」


「ロハンドール代表だ。名誉なことだよ。スートリアからはカレンさんが参加する。メイクリエからは誰が来るかな? まだ発足もしてないけど、その準備も僕の仕事なんだ」


「人を助けるために、人と戦うんだ……?」


「そう。僕は、おとぎ話に出てくる怖い魔法使いになる。悪人にとっての恐怖に」


「……それ、アタシも手伝——」


「ダメだよ、ノエル」


「でも」


「僕を助けなくていいんだ。君は純白のままでいて。これまでどおり、君はその優しさで人を救っていって欲しい」


 ボロミアは、にこりと笑う。


「その代わり、僕は激しさで人を守る。君たちが作った物に宿る、高潔な精神を守る。いや、守らせてくれないか、この僕に」


 そう語るボロミアの姿こそ、ノエルには高潔に見えた。


 かつてはノエルに付きまとって、嫌がらせまでして自分のものにしようとしたボロミアが。


 改心したと思ったのに、バカな小細工はやめずアプローチしてきたあのボロミアが。


 今はひどく魅力的に見えた。ショウとは違った種類の、誇り高い男だった。


「……うん。守って」


 ボロミアは嬉しそうに頷く。


「お任せあれ。じゃあ、そろそろ行くよ。さようなら、ノエル」


「待って」


 去ろうとする背中に思わず声をかける。ボロミアは振り返る。


「今のあなた、とても素敵よ。学院にいた頃からあなたがそうだったら——アタシ、あなたの求婚に応えてたと思う。軍人なんかにさせずに、一緒に人助けの旅に連れ出してたと思う」


「それは……素敵なだ。でも、そうはならなかった。ならなくてよかった。僕はこれでも、この道を見つけられて良かったと思っているんだ」


 儚げにボロミアは笑う。


「でも、ありがとう。君のその言葉は、この先ずっと心の支えになるよ」


「……うん。たまには、会いに来てよね」


「行くよ。ショウとお幸せに。君の相手があいつなら、安心して任せられる」


「あなたも、幸せになるのを諦めないでね」


「僕ならもう、大切な物を守れる幸せに包まれてるよ」


 最後に見せたボロミアの表情は、彼の言うとおり、幸せに満ちた笑顔だった。

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