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第137話 補足編① 聖女って恋愛とかしてもいいもんなのか?





 ——終戦調印式の前。聖女セシリーが先行してやって来た日。


 バーンとセシリーが、ふたりきりになったときのこと。


「……少し歩かねえか。見せたいものがあるんだ」


 バーンがセシリーを連れて行ったのは、射出成形インジェクション装置のある建物の前だ。シオンたちと一緒に建てたもので、なかなか立派な工房になった。


 その工房の前には、広い庭がある。


 その庭をレジーナが楽しそうに駆けていく。トーマス医師の手伝いかなにかで、物を運んでいるだけなのだろうが、まるで遊んでいるかのような無邪気な笑顔でいる。


「レジーナさん……話には聞いていましたが、まるで本物の足のよう……」


「ああ、長さも調整できるようになっててな。あいつの成長に合わせて、伸ばしてやることもできるんだ」


「おめでとうございます。本当に、良かった……」


 レジーナの姿で実感が湧いてきたのだろうか。セシリーは瞳を潤ませる。


 その瞳が綺麗で、バーンは見惚れてしまう。


「あんたのお陰だよ。俺をここに連れてきてくれたから、ここまでやってこれた。感謝してる」


「それを言ったら、私は何度もあなたに助けられています。感謝してもしきれません」


「お互い様なんだな。それに、似た者同士なところもあるらしい」


「似ていますか、私たち?」


「俺は自分の力じゃない【クラフト】で英雄扱いされたり、義肢を作ってやった連中からは大先生なんて呼ばれることまである。不当な評価だ。その栄誉は、シオンのもののはずだって思う。セシリーにも、そういうこと、あるんだろう」


「……はい。神から力を授かり、聖女だとか、神の奇跡の体現者だとか、この国の象徴などと呼ばれて苦しく思っていました。私の力ではないのに……」


「シオンは受け入れろって言うし、俺も話してて、そうしたほうがいいと思った。けどよ、たぶん俺たちのこの胸の中のモヤモヤは、俺たち同士にしかわからない」


「……はい。そうかもしれません」


「だから、こうしてふたりでいるときだけは、英雄でも聖女でもない、ただの男と女として過ごせたらいいと思うんだ」


 セシリーは嬉しそうに微笑む。


「私の気持ち、わかってくれたんですね」


「苦しんでるところまでは、な。それ以上は、勘違いかもしれねえ」


 するとセシリーは今度は悪戯っ子みたいな笑みを浮かべる。


「それって、本当に勘違いでしょうか? 確認したいのでぜひぜひ聞かせてください」


 上目遣いに見つめられて、バーンは自分の体温が上がっていくのを感じた。


「いやその、セシリー、あんたが……な?」


「はい、私が?」


「俺を……」


「私が、バーンさんを?」


「す、好きなんじゃねえかって……」


 セシリーはにんまりと頬を緩ませる。


「へぇえ、私、バーンさんのこと好きなんですねー」


 バーンは恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。


「勘違いなら、そう言ってくれよ」


「勘違いではないです」


 視線をセシリーに戻すと、穏やかな表情で見つめられていた。


「私、バーンさんのこと好きです。バーンさんは、どう思ってくれてますか?」


「そりゃ……好きさ」


 声が小さくなってしまう。セシリーは首を傾げる。


「ん〜? もっと大きな声で」


「だから、好きだって。聞こえてるだろ絶対!」


「はい! ありがとうございます!」


 セシリーはにやにやとご満悦な様子。少し頬が赤い。実は照れ隠しかもしれない。


「まったく……」


 とか言いつつも、バーンも顔がにやけてしまう。なんだか楽しい。


「でもよ、聖女って恋愛とかしてもいいもんなのか?」


「全然平気……とは言えません。聖女は、やはりスートリア教の象徴扱いですので、相手にはそれ相応の格を求められてしまうのです」


「不自由なもんだな」


「でもでも、バーンさんはスートリアを救ってくれた一団のひとりですし、私を何度も救ってくれていますし、調印式の会場に選ばれたこの診療所でも大活躍しています。きっときっと、みんな納得してくれるはずです」


 あんまりにも高い評価に、バーンは思わず渇いた笑いが出る。


「はは……っ、こりゃあシオンの言うとおり、受け入れるしかねえな……」


「はい。受け入れてください。嫌だって言っても、もう離しませんからね」


 セシリーはバーンの右手を取り、両手でぎゅっと握る。


 そのぬくもりに喜びを感じるものの、しっかりと強く握り返せない。


「でもまあ、そっちはいいとしても、こっちにはまだ解決しなきゃならねえことが残ってるんだよなぁ」


「どんな事情です?」


「レジーナだよ」


「養子になってもらえたら素敵だなって思いますよ?」


「それが、あいつな……俺と結婚するなんて言い出しててよ……」


「小さい女の子が、お父さんと結婚すると言い出す感じではないのですか?」


「そう思ってたが、最近、言動が妙なんだよ。セシリーのことライバル視してるみてえだし」


「まさかのライバルですか……」


「もちろん俺にそんな気はねえんだけどよ……。できればしばらく時間をかけて、俺の相手はセシリーなんだって、認めさせてやりてえんだ。付き合ってくれるか?」


「じゃあ、結婚はそれまでお預けですか……」


 しゅんとしてしまうセシリー。


 いつ結婚の話になったっけ? とか思うが、今はツッコまない。


「でもまあ、いいです。そういうのも、なんだか楽しそうです」


 また聞こえてきた楽しげな足音に目を向ければ、レジーナが工房に走っていくところだった。飛ぶように軽やかに。


「そういえばこの工房の名前、まだ決まっていないのですよね?」


「ああ、調印式までには考えておくつもりだが」


「私、今、思いつきました」


 セシリーはレジーナを目で追いながら口にする。


「一度は足を失った人が、まるで翼を得て飛ぶように走れるようになる……。だから、フライヤーズ義肢工房なんて、どうです?」


 かつてのパーティ名との合致に驚きつつも、バーンは頷く。


「いいな。きっとみんなも気に入るだろうよ」

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