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第133話 わたし、また歩けてるんだ!





「だからお前ら来るのが早いんだよ!」


「えぇー……」


 バーンたちのいる診療所に到着するやいなや、ケンドレッドに怒られた。


 ソフィアは首を傾げる。


「中途半端なところでお任せしてしまっていたので、早くお手伝いしたいと急いで来たのですが……なにかいけなかったのでしょうか?」


「お前らが来る前に終わらせて、仕事を奪っちまおうと思ってたんだよ」


「お楽しみを独占とは、ずるいです」


「なに言ってやがる任された仕事をまっとうしただけだぜ?」


「むぅ……」


 まあまあ、とノエルがソフィアをなだめる。


「でも来るのが早いっていうなら、まだ仕事はあるわけでしょ? それは手伝わせてもらいましょ?」


「いや、実のところオレたちの出番はもうない。最終段階なんだ」


 奥から出てきたエルウッドの発言に、おれもソフィアも肩を落とす。


「べつに早く来すぎたわけでもないじゃないか、ケンドレッドさん……」


「ふんっ、どうせなら全部終わってから見せてやりたかったんだよ」


 診療所の奥に通されると、ちょうどバーンが眼鏡をかけた少女に新型の義足を付けてやっているところだった。


 きっとあの少女がレジーナだろう。バーンの言うとおり、可愛らしい容姿をしている。


「これでよし。レジーナ、こいつはお前の魔力で自由に動かせる新しい足だ。上手くいけば、前の足と同じように……いや、もしかしたらそれ以上に動かせるかもしれねえ」


「わたしの魔力? 魔法じゃなくていいの?」


「ああ、ちょっとコントロールにコツがいりそうだが、魔法ほどじゃない。というか、いくらなんでもこの短期間で魔法なんて使えるようにはならねえだろ」


「簡単なやつなら、もう使えるもん」


「マジか。凄いな、才能か……? まあ、それなら案外簡単に動かせるかもな」


 バーンは一歩下がり、代わりにラウラが前に出る。


「じゃあレジーナ。魔力操作の基本を思い出して。血の巡りのように、魔力を全身に循環させるの」


「うん……やったよ」


「次は、その循環を義足のほうまで広げてみて。本物の足があるイメージよ」


 レジーナは今度は目をつむって集中した。数秒の間。


「うん……できた」


「早い。さすが優等生ね。あとは義足の魔力回路がやってくれるわ。魔力の循環を維持したまま、本物の足を動かすみたいにやってみて」


「こう……かな?」


 すると、義足が動いた。膝関節が伸びる。曲がる。足首も伸びたり曲がったり。


 それをレジーナが自分の意思で動かしているのは表情から明らかだ。


「わ、わっ、すごいすごい! 動くよ、動く動く!」


 レジーナは椅子からぴょんと飛び降りる。


 バーンは緊張の面持ちで、いつでも飛び出せる構えを取る。レジーナが転んでしまったら、すぐ抱きとめるつもりなのだろう。


 レジーナは最初こそ力の加減をしくじりバランスを崩すが、しかしすぐに慣れたようで、なめらかな動きで歩きだす。


 バーンの唇が震え、瞳が潤んでいく。


「歩ける……わたし、また歩けてるんだ!」


 すると今度は、ぴょんぴょんと片足跳びを試す。左足の跳躍は普通だが、義足での跳躍は彼女の体格からすれば、異様なほどの飛距離だ。


 片足跳びで一旦離れたレジーナは、バーンに向けてにこりと笑う。


 かと思ったら駆け出して、バーンに勢いよく抱きついた。


 バーンはかろうじて受け止める。


「ありがとう、バーン!」


「ば、バカ! 急に無茶な動きするなっ。不具合とかあるかもしれねえのに」


「だってだって、嬉しいんだもん!」


「そりゃ俺だって……。またお前が歩いてくれて……嬉しいよ」


 バーンの声が震える。瞳に溜まっていた涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちる。


「バーン、泣いてる?」


「悪いかよ……。今まで生きてきて、一番、嬉しいんだよ……。少しは泣かせろよ……っ」


 レジーナはそっとバーンの後頭部に手を回し、あやすように撫でる。


「……ありがと、バーン。わたしのこと、また助けてくれたね……」


「それを言ったら、俺だってお前には救われてる……」


「わたし、なにかしたっけ?」


「いてくれるだけで俺には救いなんだよ、お前は」


 バーンはぎゅっとレジーナを抱きしめる。


「……あ、ねえ、バーン? 知らない人が来てるけど、お友達?」


「う、ん?」


「……おめでとう、バーン」


 控えめに声をかけたつもりだが、バーンは物凄く驚いた様子で顔を上げた。


 照れくさそうにレジーナから離れる。


 おれはしゃがんでレジーナに目線を合わせる。


「初めまして、レジーナ。おれはバーンの友達の、ショウ・シュフィールだよ。よろしく」


「うん、よろしく。バーンが、お世話になってます」


 バーンは苦笑する。


「もう来てたのか……ていうか、見てないで声をかけてくれよ」


「ごめん、水を差す気にはなれなくってさ。改めて完成おめでとう、バーン」


「ありがとよ。つっても、俺のやったことなんて、たかがしれてるけどな」


「でも君がいなければ生まれなかった物だ。それは誇っていいことだよ」


「いや……まだだ。まだ誇れねえ。レジーナのことは、俺の勝手な望みだ。他の……見知らぬ連中にも、同じことをしてやらねえと」


「手伝うよ。試作品づくりには間に合わなかったけど、たくさん作るならおれたちの領分だ。大量生産とはいかないだろうけど、かなり効率は上げられると思う」


「本当はそれも自分でやりたいんだが……今の俺じゃ無理だからな。素直に手を借りるぜ。面倒かもしれないが、色々と教えてくれ」


「もちろんさ。なんだって教えるとも」


 おれとバーンは互いに手を握る。


 その握手は、かつて冒険者ジェイクとした固く痛いものとは違って、敬意と優しさに包まれるような柔らかいものだった。

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