休暇を取って早くも一週間ほど。
ケンドレッドに呼ばれて、おれたちは工場へやってきていた。
「ほらよ! こいつが俺の旅の成果だぜ!」
ケンドレッドは装置を覆っていた布を取り払い、その全容をあらわにする。
それは魔力石を搭載した織機だった。
「つっても、あくまでもこんなことも出来るって実例でしかねえがな」
織機を実際に稼働させてくれる。
どうやら人による作業が必要なのは最初と最後だけで、あとは自動で機織りしていってくれるらしい。それはそれで便利な装置ではあるが……。
「ソフィア姉様やショウ様が作る装置と、そう大差ないように思いますが……」
サフラン王女の呟きは、おれの第一印象と一致する。
しかしあのケンドレッドが自信満々に披露した装置が、その程度のわけがない。
「ん? あれ? うそ、あれれ?」
装置の動きを観察していると、最初になにかに気づいたのはノエルだった。
「この装置、魔力石は使ってるけど、魔力回路がないわ!」
「なんだって!?」
ケンドレッドが、にやりと笑う。
「やっぱり最初に気づくのは魔法使いの姉ちゃんだったか」
おれは改めて、装置の駆動部を中心に観察してみる。確かに魔力回路がない。
だが、魔力回路もなしにどうやって動いているんだ?
さらによく見てみる。おれが気づくのと、ソフィアが気づくのはほとんど同時だった。
「装置の部品に、伸縮している物があります。それを起点に装置全体が動いているのです」
おれは装置から目を離し、ケンドレッドに迫る。
「ケンドレッドさん、これがあなたの言う面白い素材ですか!?」
「おうよ! そいつは魔力を伝導させると縮む特性を持った金属だ。機械的に上手く組み合わせて、魔力を伝導させたりさせなかったりしてやりゃあ、これくらいの動きは出来るってわけだ」
「凄いです。本当にこれは凄いです。魔導器と同等の物が、魔力回路なしで作れるようになるなんて革命的です!」
ソフィアも目をキラキラさせて称賛する。
「さすがに魔力回路に代われるほど万能じゃねえがな」
「それでも凄い! さすがケンドレッドさんだ」
「そうだろうそうだろう! お前たちのそういう顔が見たかったぜ!」
ケンドレッドは満足気に胸を張る。
「この金属は一体どこで? 魔力で縮むなんて、聞いたことがないけれど」
「ああ……実はな、こいつは例のモリアス鉱山で新発見された鉱石から精錬した物だ」
「あの噂の?」
「前々から興味はあったんだがな。戦争が起こるなんて噂を聞いてよ、手に入らなくなる前に、慌てて大枚はたいて買っておいたわけさ」
ソフィアは首を傾げる。
「噂はわたしも聞いていましたが、魔力で縮むなんて初耳です」
「ああ、そうだろうよ。ロハンドールの学者連中もまだ知らねえんじゃねえか。やつら理屈が先で、実践するのが遅えんだよ。俺も精錬には苦労したし、特性の見極めには時間がかかったが……ま、俺らレベルの職人にかかりゃあ、こんなもんだ」
サフラン王女は、小さく唸る。
「ケンドレッド様、こちらの金属の情報は、ロハンドール帝国の国家機密に当たりませんの? 危ない橋を渡っているのではなくて?」
「平気だろ。俺も一応、研究目的って名目で買っててよ。知り得た内容は伝える義務があるっちゃあるが、その成果で物を作ることは制限されちゃいなかったからな。ま、今後はわからねえが」
「サフラン様、政治的な話はまたあとにしましょう。今は、この素晴らしい金属の活用法について語り合うのが先です」
ソフィアの言うとおりだ。
今後どう扱われていくかはわからないが、今は素直にこの金属に対する好奇心を満たしたい。
おれやソフィアは、ケンドレッドを質問攻めにして盛り上がる。
こんな使用法はどうか。あんな活用法もある。
そんな論議をしていると、装置の動きを見ていたアリシアがふと呟く。
「しかしこんな風に伸び縮みするなんて、まるで生きているみたいだ」
その発言になにか引っかかるものを感じて、おれはケンドレッドとの議論から一旦抜ける。
「生きてるみたい……?」
「だってそうだろう? 装置を駆動させる動きなんて、人が手で動かす様子にも似てる」
「人の手?」
今度はソフィアも、こっちに食いついてきた。
おれとソフィアは目を合わせる。考えついたことは一緒だろう。
少し遅れて聖女セシリーも、おれたちの意図に気づく。
おれとソフィアは再びケンドレッドに向かう。
「ケンドレッドさん、この金属、まだ余っていますか!?」
「是非、繊維みたいに細く加工してみたいのです!」
「あぁん? まあ、まだ少しはあるがよ。どういうつもりなんだ?」
「この金属に、筋繊維と同じ動きをさせてみたいんだ。義肢を、生きているように動かせるかもしれない!」