「聖女さまって、バーンのこと好きだよね?」
「ぶっ!?」
レジーナに急に言われて、バーンは飲んでいた水を噴き出してしまった。
「バーン、汚ーい」
「いやお前、滅多なこと言うんじゃねえよっ」
熱心なスートリア信徒にでも聞かれたら、ひどい絡まれ方をするに決まっている。
バーンは慌てて周囲を見渡す。特に誰からも睨まれていないことを確認して安堵した。
「えー、でも会いに来るとき嬉しそうだし、会いに来れないときも手紙くれてるでしょ? みんな宛とバーン宛の二通」
「なんで二通あるって知ってんだよ……」
直近の手紙は、つい数日前に届いた。
シオンが手配してくれた物資が、たっぷり馬車十台分も届けられた。その中に同梱されていたのだ。
相変わらず元気で、トラブルもなくシオンたちと旅を続けられているらしい。リリベル村に到着したら、少し落ち着く予定だとか。他にも楽しかったことや、感動したことなど、個人的な内容が書かれていた。
親愛の情を感じる文面に、バーンは読んでいて嬉しくなったものだ。
もちろん返事は書いて、リリベル村へ送った。
診療所に戻ったバーンたちが、さっそく魔物素材を使った義肢を試作してみたこと。
魔物素材の使い方をエルウッドから習い、【クラフト】で形にした。患者の体格や要望に合わせて調整を繰り返し、その人にとって一番の義肢を作り上げていった。
一部の患者は、魔物に対する否定的な感情から、身につけることを拒否した。
しかし、そこにこだわらない患者たちからは、資材が不足している現状もあって、積極的に魔物素材の義肢を求める声が上がった。
むしろ通常の素材よりも軽く強いことから好評で、シオンからの物資が届いてからも、魔物素材の義肢を希望する患者もいるくらいだった。
ラウラの魔法教室も好評で、手足を失う前の生活に少しでも近づけようと毎日、たくさんの患者が参加してくれていることも。
あと最近、前線から送られてくる負傷兵の数が減って、前ほど忙しくなくなったこと。今は、少しは休みが取れるようになった。
シオンたちに向けての手紙には、物資手配のお礼もと共に、以上のようなことをしたためた。それとは別に、セシリー宛に個人的な手紙を送っているが、それは誰にも言っていない。
「バーンも、聖女さまだけにお手紙書いてたよね?」
「いやだから、なんで知ってるんだよ」
「へー、本当に書いてたんだー」
「か、カマかけたのか、レジーナ」
「バーンも、聖女さまのこと好きなの?」
「だから滅多なこと言うなって! 俺と聖女様じゃ釣り合わねえだろ。ありえねえよ!」
「ふぅん、そうなんだー」
レジーナは椅子の上で足をぶらぶらさせながら、にこにこと笑顔になる。
そのやり取りに、トーマス医師は楽しげに声を上げる。
「しかし本当に気があるかはともかく、釣り合わないことはないんじゃないかい?」
「おいおい、トーマスさんまでなに言い出すんだ」
「S級の魔物を瞬殺して聖女様のお命を救い、さらにさらわれた聖女様の救出に一役買ってるそうじゃないか。それに、その聖女様でも救えないと挫けていた人々を、君は現在進行系で救っている。うん、なかなか釣り合いの取れた英雄だと思うな」
「いやそれは全部、人からもらった力があってこそで……」
「聖女様も、似たようなことを言っていたよ。自分のやったことも、権威やらなにやらも、すべて神からもらった力があってこそだ……ってね」
バーンは思わず、別れ際のセシリーを思い出す。
たまにだけでも普通でいたいと言った意味が、なんとなくわかってしまう。
自分のものではない力で、不当に評価されてしまっていると感じているのだ。
「……俺たちは、似た者同士だったのか……?」
無性に、会って話がしたくなってしまう。今なら、これまでとは違う話ができそうだ。
「むー、バーン。やっぱり聖女さまのこと気になるんだ。お嫁さんなら、わたしがなってあげるのに!」
「なにぃ?」
「はぁ?」
バーンが驚いたのとほぼ同時。魔法教室を終えたラウラが、休憩室に入る直前で困惑の声を上げた。
その表情は、ゆっくりと苦笑に変わる。視線は冷たくなる。
「あー、はいはい。お嫁さんねー。アリーの言ってたやつかー……。幼い頃から相手を育てるやつかー……。こうなっちゃったの、あたしのせいなのかなぁ……」
そのまま部屋に入らず、ぶつぶつ呟きながら立ち去っていく。
「いや待て、違う! 誤解だ! 本当に誤解だ、勘弁してくれ!」
慌てて追ったバーンは、残りの休憩時間をすべて費やして誤解を解くのだった。