ケンドレッドの勧めに従って休暇を取っていたある日。
「アリシアに悩み? どうしてそう思うんだい?」
ノエルに相談されて、おれは思わず聞き返した。
「うんとね、ソフィアたちと合流したあとくらいからだと思うんだけど、アリシア、気がつくとひとりになってること多くなかった?」
「確かに輪から外れてることは結構あった気がするけど、離れてるってほどじゃなかったよ。どっちかっていうと、見守ってるって雰囲気だったと思う」
「うん、だから確信はないんだけど……」
「まあどこか様子が変なのはおれも感じてたよ」
「どんなことでも、アタシたちに相談してくれたらいいのに……」
「相談できないことなのかもしれない」
「なら、見極めが必要ね! 行きましょう!」
「えっ、今から?」
おれはノエルに腕を取られ、引きずられるように宿を出ることになったのだった。
ふたりで物陰に隠れながらアリシアの様子を窺う。
アリシアは聖女セシリーと雑談していた。バーンについてセシリーから話を聞いているようだった。
話が済んだあと、アリシアはひとり手帳になにか書き留めていた。
続いて、アリシアは散歩へ。カップルを見かけるたびに様子を窺い、やはりなにか書き留める。
やがて木陰に腰掛けると、今度は本を開いて読み始める。かと思ったら、目をつむって考えだし、やがて先ほどの手帳を見返してから、なにか本に書き加えていく。
「なんか、思ってたのと違うね」
「う〜ん、悩みじゃないのかしら?」
小声で話したつもりだが、アリシアには聞こえたようだ。
もの凄い俊敏な動きで本も手帳も背中に隠してしまう。
「ふ、ふたりともそんなところでなにを?」
おれたちは素直に顔を出した。
「ごめーん。アリシアに悩みでもあるのかなって思って観察しちゃってた」
「じゃあ、ずっと見られてた!?」
「うん。なにか書き物をしてたみたいだけど……」
おれが答えると、アリシアはあからさまに動揺して顔を真っ赤にした。
「あ、あれはなんでもないっ!」
「なんでもないものを書き留めたりはしないでしょ? もし本当に悩みなら、アタシたちに相談して欲しいし……」
「ああいや、悩みはあるといえばあるのだけど……でも、うぅーん」
尻込みするアリシア。おれは正面に座って、視線を合わせる。
「遠慮しないでくれ、アリシア。おれたちはやがては家族になるんだ。悩みがあるなら、一緒に解決したいよ」
「うぅ、それが悩みの元なのだけど……」
その一言にショックを受けてしまう。
「も、もしかして、実はおれとの婚約、嫌だったのかな……。陛下に言われたから、仕方なくだったってこと……?」
「ち、違う。そうじゃない! ただ、わ、私はその……恋愛物語を読んだり聞いたりしてきたくらいで、ちゃんとした恋愛の経験がなくて。ショウとどう触れ合えばいいのかわからなくなってきて……。だから……良き恋人とか、良き夫婦とはどうあるべきか勉強してたんだ」
ノエルもそばに座って、会話に加わる。
「えっと、じゃあ、みんなから一歩離れて見守ってたのは……」
「うん……。カップルを観察してた」
バーンとセシリー。エルウッドとラウラ。それに、おれとソフィアもか。
「なんだ。もっと深刻な悩みかと思っちゃったよ」
「心配をかけてすまない」
「それなら悩むことはないよ。学ぼうとしてくれたことは良いことだけど、ほかの誰かのやり方が、君に合うとは限らない。他所から持ってきたやりかたじゃ、かえってダメになるかもしれない」
「でも私は、このままでもダメだと思って……」
「おれはそのままの君でも充分魅力的だと思うけどなぁ」
アリシアはますます頬を染める。上目遣いに瞳を向けてくる。
「ショウは、こういうとき本当に小細工なしで、ドキドキさせられる……」
そこでノエルは首を傾げる。
「あれ? じゃああの本に書いてたのはなぁに?」
「あっ、あれは……悩みとはまた違うもので……みんなを観察してるうちに、理想の恋愛物語のようなものが浮かんできて、少しずつ書き残しているだけなんだ」
「お話を書いてるってことかい? それは凄いじゃないか」
「す、凄くない。ただの駄文だ。ほら、全然凄くない」
本を差し出してくるので、おれとノエルはそれを覗き込む。
しばし読ませてもらって、おれたちは顔を上げた。
「アリシア、これ凄く良い。キュンキュン来ちゃう」
「同感だよ。今回の旅が終わったら、簡単に本が作れる装置を考えてみようかな。それでこの物語をみんなに広めよう」
「そ、そんなことされたら、恥ずかしさで死んでしまう」
「そう言わないでさ。少し考えてみてよ」
「でも体験が伴わないものばかりだし……」
「だったら体験しちゃえばいいのよー」
ノエルがにこりと笑って提案する。
「アタシなら、これ。不意打ちでキスしちゃうやつ。これやってみたい。相手はいることだし、ね?」
おれは苦笑する。
「ね? じゃないよ。それに先に言ったら、不意打ちにならな——」
言葉の途中で、おれは唇をノエルの唇に塞がれた。
すぐ離れるが、顔がとんでもなく熱くなった。
「そ、そっちが不意打ちするの?」
「あははっ、これ、思ってたよりずっとドキドキするぅ〜……」
ノエルは自分からやっておいて、真っ赤になって縮こまってしまう。
アリシアは唇を尖らせる。
「ずるい……」
ノエルから本を取り戻し、胸に抱える。
「ショウ、私にも付き合ってもらえる?」
「う、うん。このままじゃ不公平だし」
「じゃあ、じゃあ……夜に、またこの場所で待ってる……!」
アリシアはそう残して逃げるように立ち去っていった。
そして約束通り、夜に同じ場所へ訪れてみると、アリシアは待っていた。
ノエルのように大胆なことはせず、ただふたりで手を繋いで、満天の夜空を見上げる。
アリシアにはそれが限界だったようだが、それだけでもとても満足した様子だった。