いよいよ分かれ道に差し掛かり、バーンだけがおれたちと違う道を行こうとする。
別れ際、聖女セシリーはバーンと向き合っていた。
「待っていてくださいね。必ず、また会いに行きますから」
「ああ、是非来てくれ。みんな喜ぶ」
バーンの返答に、セシリーは不服そうだ。
「あなたは? 喜んでくれないのですか?」
「俺はスートリア信徒じゃないからな。他のみんなほど喜ぶとは言えねえかな」
「そうですかぁ……」
「悪いな。どうにも聖女様って呼ばれてる割には、他の連中が言うほど神聖って感じがしなくてよ」
「それってどういう意味ですか?」
「どうって……あんまりにも普通の女って感じで、崇めようとは思えねえっていうか……いや、聖女様をそんな風に言うんじゃ、リックに怒られちまうか」
「普通だと思ってくれるのなら、聖女様ではなくセシリーと呼んでくれませんか」
「ん、わかったよ。セシリー様」
セシリーは目を細めて、唇を尖らせる。
「様ぁ〜?」
バーンは困ったように咳払いする。
「……セシリー」
「はいっ。そう呼んでくださいね。ふふっ」
にこりと笑うセシリーに、バーンは頭をかく。
「なにが、そんなに嬉しいんだ」
「私を普通の女の子として扱ってくれる人、初めてですから」
「そうか。でもさすがに信徒が集まってるところじゃ、呼び捨てにはできねえぞ?」
「たまにでいいです。たまにだけ、普通でいさせてください」
「ああ、わかったよ」
それから名残惜しそうな視線を交わし、バーンは背を向ける。
「それじゃあ、またな」
「……待て、バーン」
エルウッドに呼び止められて、バーンは振り返る。
「どうした?」
「オレも行く」
「えっ!」
言われたバーンよりも、聞いていたラウラのほうが驚いていた。
「ちょっと、エルウッド。急になに言ってるの」
「オレとしては、そう急でもない。このところずっと考えてたんだ。もともとオレは、ソフィアさんの代役だった。彼女が戻ってきた以上、オレはもういなくてもいいんじゃないかってな」
「エルウッド、おれはそうは思わない。人手があれば、それだけ助かるんだ」
おれの言葉を、エルウッドは否定しない。
「オレもそう思う。だから、バーンの話を聞いてて思ったんだ。より人手が必要なのは、診療所のほうなんじゃないかってよ」
バーンは小さく首を横に振る。
「資材が無いんじゃ、せっかく来てくれても活かせねえよ」
「それはシオンがなんとかしてくれる。それにな、無いなら調達すりゃいい。魔物はいい素材になる」
「魔物素材の使い方なんて、俺にゃわからねえよ」
「オレがわかってる。師匠に仕込まれたし、実績もある。この国の魔物は強いが、お前とオレとラウラでなら、どうとでもなるレベルだ」
急に名前を出されて、ラウラはさっきにも増して驚いていた。
「ちょっとちょっと、なんであたしも行くことになってるの?」
「来てくれないのか?」
純粋な眼差しで問うエルウッドに、ラウラの勢いは削がれる。
「いや、まあ、行ってもいいけど……。なんであたしなのよ。あたし、それこそ魔物退治の手伝いくらいしかできないのよ。材料調達が済んだら、なんの役にも立てないし……」
「ただ来て欲しいから、ってのは理由にならないか?」
「えっ、えっ。それって、どういう意味で言ってるの?」
少しばかり頬を染めながら問うラウラ。エルウッドは、じっと彼女を見つめ続ける。
「シオンやソフィアさんの幸せそうな様子とか、バーンたちのもどかしい感じを見てたらな。オレもここらでハッキリさせておきたくなったんだ。ラウラ、オレは——」
「わああ! ちょっと待って! 一緒に行くから、ちょっと待って!」
ラウラは顔を真っ赤にしながら、両手をばたばたさせる。
「なんでだ」
「雰囲気! ムード! 情緒ぉ! そんなついでみたいなノリで言われたくなぁい!」
バチィンッ、とラウラの張り手がエルウッドの尻を襲った。エルウッドは微動だにしない。
「そういうものなのか?」
おれは苦笑する。
「うん、今のは君が悪いよ。女心がわかってない」
「ショウさんがそれを言うのですか……?」
「鈍感、勘違い、すれ違いの前科者なのにね〜」
「人をその気にさせて本人は無自覚なあのショウが、よくもまあ」
「うぐ……っ」
妻と婚約者たちから総ツッコミを受けてなにも言えなくなる。
とりあえずエルウッドは納得したようだった。
「なら告白はまた今度にする。ラウラ、一緒に来てくれるなら嬉しいぞ」
「いやもう、そのセリフがさー、もうさー……」
ぼやきながらも、満更でもないラウラだった。
そんなラウラに、ノエルが挙手しつつ声をかける。
「それならラウラさん、患者さんに魔法教えてみたらどうかな?」
「魔法を?」
「そうそう、アタシがラウラさんに教えてたみたいに。手足の代わりにはならないけど、簡単な魔法が使えれば、少しは生活の補助になるでしょ?」
「ああ、なるほど。それならあたしでも役に立てそう。やってみるわ!」
こうしてバーンたち三人は、おれたちと別れて診療所へ向かうこととなった。
「すまねえ、ふたりとも。また世話になる」
エルウッドとラウラに頭を下げるバーンの真摯な姿に、おれは彼らの行く先に幸あることを確信するのだった。
三人を見送ってすぐ、ノエルがおれの腕に絡みついてきた。豊かで柔らかい胸の感触が久しぶりで、どきりと心臓が跳ねる。
「ああいうの見てるとアタシも……、って気持ちになっちゃうなぁ。ソフィアも戻ってきたわけだし、これまで遠慮してた分、甘えちゃうわよ〜?」
「抜け駆けはずるいよ」
反対側では、アリシアがそっと袖を掴む。
「…………」
左右ともに塞がれたソフィアは、黙っておれの胸に、ぽふっ、と背中を預けてきた。
「まあ。両手に花とは言いますけれど、ショウ様は両手に抱えきれませんのね」
サフラン王女に笑われて、おれは大いに照れた。