戦争が始まってから、バーンのいる診療所へ運び込まれる人間の数は、軽く見積もっても十倍に膨れ上がっていた。
人手だけは【クラフト】で補うことができたが、資材も予算も足りない。満足な義肢を与えてやることなんて不可能だった。
足を失った者には、棒切れに毛が生えた程度の義足を。腕を失った者には、棒切れの先にフックを取り付けた物を。
そんな粗末な物を用意するのさえ困難を極める状況だった。
その上、聖女からの支援が途切れてしまっている。
外交へ行くと言っていたが、その先でなにかあったに違いない。
目の前で剣を抜いた男の存在も、バーンにそう確信させる一因となっていた。
「やめろ! なんでここを目の敵にする!?」
男は歯を食いしばって答えない。
代わりに、その背後から僧侶が声を上げる。
「決まってる! 人々は祈りによってのみ救われるべきなのに、ここでは人の手で! 人造の手足などで! 救おうなどとしている! 神への冒涜に他ならない!」
「てめえ、あのときの僧侶か! ふざけんなよ! てめえらで始めた戦争で傷ついた連中ばかりなんだぞ! 神様がどうとか言う以前の話だろうが!」
「貴様も神を軽視するか! やはりここは異端者の巣のようだ! やってしまえ!」
掛け声を受けて、剣の男がバーンに迫る。
速い!
バーンは咄嗟に剣で受けるが、その一瞬で、技も力も相手のほうが遥かに上だと悟る。
二撃目を受け、バーンの剣は切断された。技量もさることながら、なんという切れ味か。
咄嗟に身を引き、折れた刀身に柄を近づけ【クラフト】を発動させる。剣が繋がる。応急処置だが、やらないよりはマシだ。
「
男は警戒して距離を取る。そして片手をこちらに向けた。
それが相手の
バーンはみずからの影に絡みつかれ、身動きが取れなくなる。
おそらく影を自在に操る【シャドウ】という
男は剣を構え、トドメを刺すべくじりじりと近づいてくる。
「だめ! やめてーー!」
バーンの前に走り出ようとして、転んでしまったのはレジーナだった。
おぼつかない様子で立ち上がり、両手を広げてバーンを守ろうとする。
「どけ、レジーナ! 危ない、離れてろ!」
「どかない! バーンはわたしが守るもん!」
「俺は平気だ! だから下がってろ! お前がこれ以上傷ついたら俺は……!」
迫りつつあった男は、うつむき、剣を下ろした。
「……お前は、なぜここでこうしているんだ?」
「あぁ?」
「答えろ。なんで、そこまでして抗うんだ。神罰を恐れないのか」
「へっ、罰ならもう受けたんだぜ……。神様ってのは意地悪だよなぁ、罪人は俺なのに、罰を他の人間に負わせやがった……」
バーンの目がレジーナの右足——義足に向く。男は、それで察したようだった。
「そしたらよ、聖女様にここに連れてこられた。ここには、俺なら救えるって人がいた……。ここで償えってことなんだろうよ」
「……そうか。お前も、導かれたということか……」
男は剣を鞘に納める。【シャドウ】も解除して、バーンを自由にする。
「おい! なにをしてる! 教皇のご意思に逆らうのか! お——ぐっ!?」
男は無言で僧侶の顔面を掴んだ。口が塞がれ、僧侶は喋れなくなる。
「私が従うのは、神のご意思だ」
言った瞬間、男は腕を振り抜き、僧侶の頭を床に叩きつけた。僧侶は気絶して動かなくなる。
「……あんた、なにやってんだ?」
「迷いが晴れた……。聖女様は、教皇の下にいるべきではない……!」
男はバーンの前にひざまずき、謝罪の意を示す。
「私の名はリック。聖女様を囚えてしまった張本人です」
「聖女様を囚えただと!?」
「教皇の命で、メイクリエからの特使とともに、大神殿にお連れしました。今頃は軟禁されていることでしょう」
「なんでそんなことするんだ。聖女様はこの国の象徴だろう?」
「民の意志を統一するためです。この国を維持するために必要だからと……。ですが、教皇の考えは間違っている! 神の救いを得るには、祈りだけでは足りないのだ。その先が必要なのだ!」
「……宗教的なことはわからねえけどよぉ。なあリックさん、あんた、聖女様がどこにいるかわかるんだな?」
「ええ、もちろんです」
「なら案内してくれ。この国のこともよくわからねえけど、少なくともこの診療所にゃ、聖女様が必要だ。自由にしてやろうぜ」