港町ユーリクは寂れてはいても、町として生きている雰囲気があった。
だがこのリリベル村は違う。ひとつ間違えれば壊れてしまいそうな、危うい空気がある。
まず、村人は働いていない。正確には、働き先がない。
なんらかの畑に使われていたはずの土地は荒れ果てており、なにかの工場は稼働しておらず埃にまみれている。
村人は一日のほとんどを教会で祈りを捧げることに費やしており、教会で配給されるわずかばかりの食料で飢えをしのいでいた。
おれはその教会で、勇者ダリアと再会した。
筋骨隆々。色黒の肌にドレッドヘアの強面の女性だ。
「この野郎! 今更ノコノコ帰ってきやがって!」
いきなり殴りかかってきたダリアの拳をギリギリでかわす。が、そのままタックルじみた勢いでハグされる。
おれもハグをし返して友愛を示す。すぐ離れると、ダリアは笑う。
「心配したぞ、馬鹿め!」
「悪かったよ、ダリア。少し痩せたかい?」
「やつれたんだよ! くそったれめ!」
「苦労してるんだね。相棒は? 地区の守護は、最低でもふたりひと組のルールだろう?」
「相棒なら北だよ。最前線」
「なら、この辺りの魔物は君ひとりが相手をしてるのか」
「ああ、おまけに配給の量も少なくなるばかりだ。けど、お前が帰ってきたからな! この辺りの守護は、少なくとも戦争が終わるまで持ちそうだ!」
「ダリア、おれは勇者をやるために戻ってきたわけじゃないよ」
「じゃあなにしに来たってんだよ」
「戦争を止めに来た」
「はっ! ならなんでこんなとこに来ちまったんかね!? 戦争を終わらせるんなら、お前が前線で【クラフト】を使いまくれば済むだろう。いくらでも死体の山を
仲間たちが驚く様子を尻目に、おれはダリアを睨みつける。
「奪い取った土地の資源を得たところで、貧困も戦争も終わらないよ。仮に奪えても、どうせ奪い返しに来る。戦争は続くし、なにも得られないまま国は疲弊して、この村みたいに死にかけていくだけだ」
「なら、お前はどうするつもりなのさ」
「この国が、外国に売れるなにかを作り出せるようにする」
「くっ、ふふふっ、あっはっはっは! なんだよ、お前も聖女様やサイアム枢機卿とおんなじバカ野郎かよ!」
ダリアの目はどこか嘲りを滲ませていた。
「冗談を言ったつもりはなんだけど——ぐっ!?」
瞬間、胸ぐらを掴まれたかと思うと、そのまま背後の壁に叩きつけられた。
「ふざけるなよ! そんなことできるわきゃないんだよ!」
「冗談じゃないと言った! お腹を空かせた子供の前で、できるわけがないと言えるのか君は!」
「言うさ! 言ってやるよ、何度でも! 誰かが挑戦するたびに裏切られてきたんだ。二度と期待するなって、神様だけ信じてろって言ってやるしかないんだよ!」
胸ぐらを掴むダリアの手に、さらに力がこもる。
「お前はなんにも知らないまま出ていったもんな。甘いことも言えるよな! この国はな、あたしらが生まれる前から、何度も何度も、そういう挑戦をしてきたんだよ!」
「してきた?」
「ああ、でもな! 環境がそれを許さないんだよ。それとも神様か? とにかくなにひとつ上手くいかなかった。この国はな、本当に恵まれてないんだよ! 土地は痩せてて作物は育たないし、なんとか畑を作っても魔物に潰される。ろくに資源もないから、技術だって育たない」
ダリアは口を動かすたびに、瞳を潤ませていく。
「神の名の下に厳しく意思統一して、食べる量すら管理しなけりゃ国が滅びるんだよ。戦争なんざくそったれだけど、生き延びるためなら仕方なしだろ。なのに枢機卿や聖女様は、理想論ばっかり振りかざして人心を惑わしてる! 一致団結しなきゃ滅びるってときに!」
おれは胸ぐらを掴むダリアの腕を、力を込めて引きはがす。
「君らしくないじゃないか。涙を流して弱音を吐くなんて」
「……弱音じゃない。現実だよ」
「おれの知ってるダリアは、どんなときも諦めず戦う勇者の中の勇者だった。どんなにみんなが絶望していても、君だけは戦いの中に活路を見出してた。おれはいつも、そんな君の背中に勇気をもらっていたんだ。訓練を生き残れたのは君のお陰だったと思ってる」
「それがなんだって言うのさ」
「だから今の君を否定する。この国が滅びるとしたら挑戦をやめたときだ。戦争に踏み出した時点で、滅びは始まってる」
「だったらやってみろよ! できるものならやってみせろよ! それで失敗して、とっととこの国から出て行っちまえ!」
「そうは行かない。必ず成功させる。愛する人にまた会うためにも」
ダリアはしばらくおれを睨みつけていたが、最後には「好きにしろ」と言った。
おれは頷いて、彼女に背を向け、仲間たちと再び村へ出る。
「しかし、本当になんにもない国みたいね。なにか作るにも、素材集めからして苦労しそうよ?」
ラウラの感想に、アリシアは首を横に振った。
「苦労はしそうだけど、なんにもないってことはないと思う」
ノエルはすぐにピンときたようだ。
「あっ、そうね。この国、魔物多いもんね。新素材ならいくらでも……って、その抽出装置を作る素材すら手に入るか怪しいんだって……」
「なあに、なんとかなるさ。師匠の受け売りだが、無いなら無いなりになんとかするのが職人だからな」
エルウッドの言葉に、おれは頷く。
「そういうこと。まずはもう少しこの村を調べてみよう」
おれたちはダリアが言う過去の挑戦の痕跡——畑や工場を確認することにした。