「ええぇ、海水淡水化装置って、あなたたちが作ったの!?」
スートリア神聖国へ向かう船の上で、ラウラはびっくりして声を上げた。
「そうそう。アタシが困ってたら、ショウとソフィアが手伝ってくれてねー」
「あの頃はまだボロミアくんも悪いやつで、妨害とかされてちょっと大変だったよね」
当時を思い出しながら、おれはノエルと笑い合う。
「いや、こんな凄い発明をそんな気楽に話されても……。【クラフト】も失くしてたのに、よく作れたわね」
「理論自体はノエルがもう作ってあったしね。それに、おれの考えを形にしてくれる人がいたからさ」
「それがシオンの奥さんの、ソフィアさんね? どういう人なの?」
「それはもう可愛くて綺麗でさ。一見すると表情に乏しくて
ソフィアのことを話しているうちに、なんだか自然と笑顔になってしまう。
「すっごい惚気けるじゃない」
「惚気けてるかな? 紹介してるだけなんだけど……」
「あなたがべた惚れしてるっていうのは、顔でわかったわ。あれ、でもそれだと……」
ラウラは遠慮がちに、ノエルになにか耳打ちした。
ノエルは、あっけらかんと笑い飛ばす。
「大丈夫。失恋なんてしてないわ。そりゃ一回は振られちゃったけど、アタシもショウの婚約者だし」
「は?」
「ちなみにアリシアとも婚約済み」
「え? なに? 不倫宣言? べた惚れしてる奥さんがいるのに? なに考えてんの?」
ラウラの視線が物凄く冷たく鋭くなる。
「いや、メイクリエ王国の貴族は、一夫多妻が義務なんだ。だから、その、見ず知らずの人より……おれを好いてくれていて、おれも……そういう気持ちになれる人と……ね?」
「ふーん」
「いやもうその目やめてよ。おれも悩んだけど、ソフィアが一番望んだことなんだ」
「まあ本人たちが納得してるならいいけど。天然人たらしらしい結果ではあるわね」
「天然人たらしっておれのこと?」
ノエルはクスクスと笑う。
「言えてるー♪ でもでも、そう言うラウラはどうなのさー? エルウッドとはどうなのさー?」
「ええー、ここであたしに振ってくるの?」
そこにひょっこりと、アリシアが顔を出す。
「私も気になるので、一緒に聞かせてもらっていいだろうか?」
「ちょっと待って、アリシア。口調、口調」
ノエルが指摘すると、アリシアは「あっ」と口元に手をやる。
スートリア神聖国への潜入に当たって、あまりに貴族というか騎士らしすぎるアリシアの口調は目立つ。普通の女の子らしく喋ってもらおうと決めたのだった。
「えぇと、じゃあ改めて……。わ、私も気になるから、恋バナ、一緒に聞かせて欲しいな」
「うん、そうそう♪ なんかアリシア可愛い〜♪」
「べつに聞いてもいいけど、恋バナかなぁ? 期待するような話にならないと思うわよー」
賑やかになっていく女の子たちから離れて、おれは船首のほうへ行く。
ソフィアがいるであろう土地は遠く、まだ見えてこない。
「……ずいぶん元気が出てきたな」
声をかけてきたのはエルウッドだ。
「ちょっと前までは心配で余裕がない感じだったのに、今は笑う余裕があるみたいだ」
「船に乗ってる以上、焦っても仕方ないし……それに、やることを決めてみると落ち着くっていうか……きっとソフィアも、なにか考えて行動するだろうし……だとすればきっと道は重なるからさ。心配なんていらないって思えてきたんだ」
「ノエルとアリシアも、それは同じなんだろうな」
「たぶんね」
「離れていても信じ合えるってのは、いいもんだな。思えば『フライヤーズ』には、そこまでの絆はなかった……」
「今は違うさ。君やラウラとも、そういう仲間になれると思ってる」
互いに微笑み合う。心地のいい友情の沈黙があった。
やがてエルウッドはべつの話題を切り出す。
「……ところで、シオンって呼んでていいのか?」
「ん? ああ、別名を名乗ってたのは、おれが生きてるってジェイクに知られたら、また襲われるかもしれなかったからなんだけど——」
今となっては、その別名のショウのほうが、おれの本名だと思えているが。
「——あの頃ならまだしも、今の彼はろくな装備もないらしいからね。襲われても大した脅威じゃないし、そもそも彼がスートリアへ行くとは思えない。犯罪者が逃げ込むならもっといい国があるしね。だから、シオンと呼んでくれていいよ」
むしろ今回は、ショウと呼ばれるのを避けたほうがいいくらいだ。
「わかった。しかし【クラフト】は惜しかったな。あんなやつに奪われて」
「実はそうでもないかな。そりゃあ無くしたときはショックだったけど、あれは何でも作れはするけど、一度に大量には作れない。今やってることや、したいことには、大して役に立たないんだ」
「そうか。お前が気にしてないなら、それでいいんだ」
もっとも……【クラフト】で物を壊す方法に気づかれてしまったら危険ではあるが……。
船上の日々は、ゆっくりと過ぎていく。
やがて目的地が見えてきて、おれは旗を掲げるよう指示を出す。
おれが持っていた勇者の紋章を描いた旗だ。
『フライヤーズ』加入以前の記憶とともに、おれたちはスートリア神聖国へ上陸する。