「なんだこれは。お前たち、なにをしている!」
ソフィアたちの船室に、教皇派の隊長が怒鳴り込んできた。
すでに室内で順番待ちをしていた隊員たちは萎縮してしまう。
ソフィアは作業の手を止めて、顔を上げた。
「いらっしゃいませ。すみません、順番なので並んでお待ち下さい」
「いや、なにをしているんだ? 本当に?」
隊長の困惑はもっともだ。
船室には、ソフィアの荷物だった鍛冶道具がひと揃い運び入れられている。その道具を用いて、ソフィアは順番に隊員の武具の手入れをしている。
ちょっとした鍛冶屋といった様相だ。
順番待ちの隊員たちは、聖女やサフラン王女と雑談していて、鼻の下を伸ばしたりしている。
「みなさん、武具の手入れを疎かにしているようでしたので」
きっかけは、食事を運んできた隊員だった。
ひと目で手入れが行き届いていないと見抜いたソフィアが声をかけ、整備を勧めた。そこからサフラン王女と聖女セシリーが言葉巧みに誘導し、ソフィアの手で整備させるに至ったのである。
整備された武具に喜んだ隊員からの評判で、他にもこっそり整備を頼みに来る隊員が現れ、やがては複数人が知るようになり、いよいよ隊長が乗り込んできたわけである。
隊長は列に並ぶわけもなく、ツカツカとソフィアに迫る。
「お立場をわきまえていただきたい」
「わたしはもともと聖女様の要請で、スートリア神聖国へ協力するために来たのです。わたしに出来ることがあるなら、どこででもやる。そういう立場だと、認識しています」
「しかし、あなたは囚われの身であります」
「わたしは保護された身と聞いていましたが」
「……今のは失言です。保護と訂正させていただきたい」
「でしたら、わたしがスートリアの勇者たるあなたたちに協力することは、まったく問題ないと思うのです」
「問題ならあります。あなたがたの技術は、進みすぎている! そのような技術を我が国にもたらされては、便利になりすぎる。民の意識に怠慢を植え付けるものです。神への勤勉たる奉仕を妨げるものになるのです」
ソフィアは首かしげた。
「道具の手入れがおろそかなために、神様へ万全な奉仕ができなかったら、それこそ怠慢ではないのですか?」
他意はなく、純粋な疑問だった。
「むぅ……」
言い淀む隊長に、ソフィアはさらに問いかける。
「あなたの剣を最後に手入れをしたのはいつですか?」
「そんなこと、今は関係ないでしょう」
「関係あります。あなたの剣は、メイクリエのバード工房製です。鋭い切れ味が売りの扱いやすい剣です。その反面、繊細なところがあります。切れ味が衰えて、お困りではありませんか」
「確かにそうですが、それがなんだと言うのです」
「剣の整備不良のために、目の前で守るべき人を救えなかったとしたら、あなたはどうお考えになるのですか?」
「……祈りが、足りなかったと考えます。救われないのは、神への祈りが足りないから……と」
「できることをやらずに、祈りの多寡のせいにするのは、神様へ責任を転嫁していませんか」
隊長は難しい顔をした。
「しかし……我々の教義では、そのようになっています」
そこにサフラン王女が入ってくる。
「人々はただ祈りによってのみ救われる……。確かにそのように記述されておりますが、では癒やしの力で多くの方を救っていらっしゃる聖女様のことは、どうお考えになりますの?」
「神の奇跡の体現者であります。神へ祈りを届けられた者のもとへ、導かれていらっしゃると信じております」
「でしたら聖女様以外にも、神へ祈りを捧げた方のもとへ導かれる方がいると、考えられませんこと?」
「私の、民を救いたいという祈りを叶えるために、神があなたがたを導いたとでも?」
「それは神のみぞ知ることですわ。ですが、もしそうだとしたら、貴方は神のお導きに背き、そのために救えたはずの民を救えないことになるのです」
隊長はサフラン王女をしばらく見つめていた。
それから、聖女セシリーへすがるような視線を送る。
「聖女様……。私には、わかりません。どうするべきなのか、お導きください」
聖女セシリーは小さく首を横に振った。
「ご自分でお考えください」
「そんな……」
「他人から与えられた考えを、ただ盲目的に信じてはいけません。今のように、考え続けてください。神のご意思に沿うには、どうすればいいのか……」
隊長は聖女の前でひざまずいた。手で聖印を切り、短く神に祈りを捧げる。
やがて立ち上がると、腰の剣を外してソフィアへ差し出した。
「私は、まだ考えがまとまらない。だが、なにかあったときに後悔して、責任を神に押し付けたくはない。私の剣も、整備していただきたい」
ソフィアは剣を受け取ったが、すぐに隊長へ返す。
「承りますが、隊長さんの順番は明日以降になりそうです。わたしたちが武器を預かってしまっては問題でしょう。順番までは、お持ちください」
「誠実なご対応、痛み入ります。大変申し遅れましたが、私はリックと申します」
「わたしはソフィアです。この先の護衛、よろしくお願いいたします」
リック隊長は一礼して立ち去っていった。
やがてその日の仕事を終えて、部屋に三人だけになる。
聖女セシリーは深々と、サフラン王女に頭を下げた。
「ありがとうございます。サフラン様のお考えを聞かせていただけて、私はやっと自分の想いを言葉にすることができました」
「机上で練り上げただけの解釈ですが、お役に立てたのなら光栄ですわ」
「ソフィア様も、こんなにも大胆なおこないに一切物怖じしない様子。尊敬いたしますわ」
「ひとり旅がそれなりに長かったもので。これくらい慣れたものです」
ちょっとばかり誇らしげに、ソフィアは胸を張った。