レンズ製作はもはや佳境に入っていた。
「ごめん、ソフィア。役に立てなくて……」
「いいのです。いつも、遅くまで一緒にいてくれています」
おれとソフィアは工房に遅くまで残っていた。
製作の仕上げとして、レンズ金型の製品部を鏡のように磨き上げなければならない。そうすることで
「やり方はわかってるのに、手伝えないのはきついな……」
「気にしないでください。わたしは鏡面磨き、得意ですから」
この鏡面磨きという作業は、非常に難しく、おれの腕前では満足な結果が出せないことがわかってしまったのだ。
おれはソフィアを手伝えないことに歯噛みしつつ、昼間は他の仕事を進め、夜にはこうして付き添っている。
夜食を用意したり、道具を用意したりといったことしかできないが……。
「この作業は、どうしてもひとりになりがちなので……そばに誰かがいてくれるだけで、寂しくなくて嬉しいのです」
作業する手は止めず、微笑む。
その様子におれは見惚れる。やっぱりソフィアは、こうやって真剣に物を作っているときが一番綺麗だ。やはりおれは、彼女が好きなのだ。
けれど……そう自覚するほどに、この前のノエルとのことを考えてしまう。
おれは小さく頭を振って、悩みを追い出す。
「でもやっぱり、なにかソフィアの力になりたいな。なんでもいいから、おれにできることはない?」
「なんでも……ですか?」
ソフィアは少しだけ作業の手を止め、こちらに瞳を向けた。
「では……今日のお仕事が終わったら、わたしの部屋に来てください」
◇
ソフィアの部屋に招かれて、おれはそわそわしてしまっていたが、彼女が口を開くとすぐ、そんな浮ついた気持ちは飛んでいった。
「お仕事中、ノエルさんのことを考えていましたか?」
「ごめん。顔に出てたかな」
「いえ。わたしも、考えていましたから。ノエルさんの気持ちを……」
ソフィアはあの一件のことを察してくれているらしい。
あの晩、ノエルは正解だと言ってくれたが、おれにはなにが正解だったのかわからない。
ノエルを最も傷つける行為を避けただけで、彼女になにかしてあげられたわけでもない。
「ショウさんは、ノエルさんが好きですか?」
「好きだよ」
「異性として?」
「それは……」
「正直に言ってください」
「……好きだよ。もし君がいなかったら、交際を申し込んでいたと思う。ボロミアくんには悪いけど」
「わたしもノエルさんが大好きです。このまま、顔で笑って心で泣いている様子は見たくありません」
「……でもおれは、君が一番好きだ。君の気持ちを裏切らずに、ノエルを喜ばせる方法なんて、わからないよ……」
「わたしはずっと考えて、ひとつ思いつきました」
おれが目を丸くすると、ソフィアは真剣な眼差しをこちらに向ける。
「地位を、作ってしまえばいいのです」
「地位……?」
「思い出したのです。この国の貴族には、一夫多妻が義務付けられています」
それは後継ぎを確実に残すためだそうだ。国王から下賜された領地を何世代にも渡って守り続けるために。
「おれに貴族になれって? もとは放浪の冒険者で、メイクリエの国民ですらないのに」
「功績を残して国王に認めてもらえばいいのです。わたしたちの
「そ、そうだとしてもソフィアは気にならないの? おれが何人も奥さんを娶るなんて」
「他の女性なら嫌ですけれど……わたしの大好きな人たちなら、みんなと家族になれるなら、むしろ嬉しいです」
「た、例えばおれが、ノエルとキスしたりして嫉妬しない?」
「します」
「即答かぁ」
「その分、あとでたくさん甘えるので、いっぱい可愛がってください」
少し頬を染めてそんなことを言う。
「ショウさんは、なんでもしてくれると言いました。わたしを、幸せにしてくれるとも言いました」
そして黄色い綺麗な瞳で、じぃっとおれを見つめる。
「わたしは、欲張りなのです。そこまでしてくれないと、幸せにはなれませんよ?」
冗談めかした微笑みだが、ソフィアに譲る気はなさそうだ。
「それを言われたら弱いな」
おれは苦笑してから、真面目に頷く。
「わかったよ。チャンスがあったら食らいついてみる」
「はい、お願いします」
それで話は終わりだと思って、おれは「じゃあ」と席を立とうとする。
しかし、ソフィアに服の裾を掴まれた。
「あれ? まだなにかあった?」
「はい。あの、もうひとつお願いです。今日は、もう少し一緒がいいです。添い寝して欲しい、です」
え!?
一瞬ドキリとしたが、たぶん違うだろうなぁ、と冷静に返す。
「そういうお願いをすると、おれ、襲っちゃうかもしれないよ」
するとソフィアはくすりと笑った。
「ショウさんに襲われるより、わたしから襲うほうが早そうです」
「ええ……」
おれ、ヘタレだと思われてる……?
否定できないけど。
「なんちゃって」
ソフィアは眠たそうにそう言った。
「ショウさんといれば、どんなに疲れていても、明日には元気になれそうな気がするのです。ショウさん成分をたっぷり補充したいのです」
とろんとした目をするソフィアが愛おしくて、おれはそっと口づけした。
「わかったよ。一緒に寝よう」
そして数分も経たないうちに、ソフィアはおれの腕に抱きついたまま寝息を立て始めた。
ソフィアのぬくもりを感じながら、おれも目をつむる。
しかし地位を
貴族だろうと一夫多妻だろうと、ソフィアがそれを望むなら、なんだって作ってやろうじゃないか。