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第60話 振り向いてくれるまでアタックしちゃうから!





「やっぱり、そうだったんだ?」


 おれはノエルの目を正面から見れず、顔を背けてしまう。


「あはは、さすがのショウも気づいてた?」


「この前みんなに散々言われて反省したからね。自意識過剰じゃないかって、自分でも思ってたりしたんだけど……」


 おれは深く頭を下げた。


「ごめん……。おれが鈍感だったばかりに、君を傷つけた……」


 今思えば、港町ディストンで船に乗る前後から、ノエルはおれを意識していたのだろう。


 けれどおれはノエルの気持ちに気づかず、知ろうともせず、彼女がいるにも関わらずソフィアへ告白した。


 無自覚にノエルを傷つけていたのだ。


「謝んないでよ〜。もともとアタシが横恋慕してたのが悪いんだし……。初めてふたりを見たとき、凄くお似合いのカップルだと思ったんだよ。それにさ……アタシ、ソフィアほど魅力ないし……」


 おれは顔を上げて、首を横に振る。


「そんなことないよ。君はとびきりの美人だし、頭も良い。君の明るさには、いつも助けられてる。誰かの助けになりたいっていう君の心には、いつだって尊敬の念を抱いてる。物作りにただ熱中しがちなおれにとって、君やソフィアは、なんのために作るのかを見失わないための道標になってくれてるんだ」


 黙って聞いていたノエルは、やがてくすりと笑った。


「それと、おっぱいも大きいし?」


「えっ!?」


「気づいてるよ〜。ショウ、胸はおっきいほうが好みでしょ〜? たまにっていうか、ちょくちょく見てるよね?」


 バレてた!?


「あ、あはは……、まあ、うん。素直に認めるけど……」


「でもアタシは、ソフィアには敵わなかったよね。そりゃそうだよね。ソフィアって凄いし、可愛いし、アタシも大好きだもん。ショウが、アタシに振り向くわけないよね」


「……そんな風に言うのは、やめなよ」


 おれはノエルの目を、正面から見つめる。


「正直、もしソフィアより先に出会ってたら、おれは君に夢中になってたと思う」


 ノエルは儚げに視線を落とすと、小さくささやいた。


「じゃあ……キス、してくれる?」


「……ノエル」


「本気じゃなくていいの。婚約者のフリのキス。慰めるつもりで……ね? お願い」


 ノエルの柔らかそうな唇に目を向ける。


 一度だけなら、演技としてなら、いいのではないだろうか。


 それで慰めになるなら、それがおれが今、ノエルにできる精一杯の優しさなんじゃないか……?


 決心を固めて、ノエルの肩を引き寄せようと手を伸ばす。


 その瞬間、ソフィアの言葉を思い出す。


 ——優しくされすぎて、逆につらくなるときもありますから。


 おれは伸ばしかけた手を引っ込める。


「……ごめん。できない」


 一度でも、ダメだ。


 キスをして今は慰めになるかもしれない。


 けれど明日は? その先は?


 おれはノエルの気持ちには応えられない。


 なのにキスをしたら、そのたった一度のキスが、その先もずっとノエルの心にしこりのように残り続ける。苦しめ続けることになる。


 優しくしすぎても、ノエルを傷つける結果になる。


「そっか……ダメかぁ……。そっかぁ……」


 ノエルは瞳に涙を溜めてうなだれた。ぽとり、と二粒の涙が零れ落ちる。


「ノエル、おれたちはソフィアがいなければ会えなかったんだ」


 ゆっくりと、できるだけ優しい声で語りかけていく。


「もしあの港町で君が同じように困っていても、おれひとりだったら、手を差し伸べなかったかもしれない。ソフィアと出会う前のおれは、今よりドライだったと思うから」


 ノエルはそのまま黙って耳を傾けてくれている。


「だから、なんて言うかな……。ノエルが好きになってくれたおれは、先にソフィアと出会って、彼女を好きになっていたおれなんだ。だから、君の気持ちには応えられない。キスもしない。それをしてしまったら、おれはもう、君が好きになってくれたおれじゃなくなる気がするからさ……」


「…………」


 ノエルはやがて顔を上げる。


 涙で濡れたその顔を無理矢理に笑顔に変えていく。


「もう。ちょっと格好良すぎ。断られてるのに、キュンって来ちゃうじゃん……」


「ごめん、ノエル」


「いいの。ショウが正解。だから、ご褒美あげちゃう」


 そっとノエルはおれに身を寄せた。頬に柔らかい唇が当たる。


 すぐ離れて、はにかみながら苦笑い。


、いいでしょ?」


「うん……、限度かな」


 ノエルは大きく息をついて、上半身をベッドに投げ出した。


 手足をじたばたさせる。


「あー、やだぁー! 諦めたくなーい! 友情だけなんてやだぁ〜!」


 おれがきょとんとしていると、ノエルは元気に跳ね起きた。


「でもすっきりした! 部屋に戻るね! おやすみ!」


 空元気でノエルは部屋を出ていく。


 ノエルの香りは、まるで彼女の未練のように、しばらく残り続けた。



   ◇



「ごめん、ボロミア! 婚約者っていうのは嘘! あなたを遠ざけるために、ショウに頼んで演技してたの!」


 翌朝、いつもより遅れて工房に赴いたノエルは、みんなの前でぶちまけた。


「そうなのかい!? ならついに、この僕の気持ちに応え——」


「でもごめん! アタシがショウを好きなのは演技じゃないの!」


 一瞬喜んだボロミアが、がくり、と再び沈む。


「ま、まあそれでもいいさ! 僕が君を好きなのは変わらない。いつか振り向かせてみせる」


 力強く宣言するボロミアに、ノエルは笑いかける。


「そうね。今ならあなたのそういう気持ち、よくわかるわ。正直、尊敬する。見習うわ!」


 ノエルは高らかに宣言する。


「ショウ、覚悟してね! アタシ、振り向いてくれるまでアタックしちゃうから!」


 いっぱいアタックして、いっぱい玉砕して、いっぱい懲りて涙も枯れて、そうやっていつか、他の誰かを好きになれる日まで……。

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