「しかし、ロハンドールは取引先候補の中でも一番遠かったはずなのに、なんでボロミアくんが一番乗りなんだ?」
危うくボロミアに握り潰されそうになった右手をひらひらさせつつ、おれは先ほどから不思議に思っていたことを尋ねた。
「あのね、ショウ、こいつ学院時代からめちゃくちゃ足が速いの」
「足が? 走ってここまで来たのか、君は」
「はははっ、海以外はね。うちは本来、軍人魔法使いを養成する学院だよ。体力訓練だって厳しいものさ。その鍛えられた肉体に、諸々のアレンジを加えた魔法を使えば、高速移動なんてなんのそのさ」
「アレンジって……君、ノエルと同じでA級魔法使いだったのか」
「おい、ノエルを僕なんかと一緒にするな。僕はA級止まりだが、ノエルは卒業する頃にはS級だったぞ!」
「ええっ、ノエル、君そこまで凄かったのかい?」
ノエルは恥ずかしそうに目を逸らした。
「やめてよ〜。あんまりそういうのは、ひけらかしたくないの〜」
言われてみれば確かに、ノエルはおどけて「凄いでしょ〜♪」と言うことはあっても、具体的にどう凄いのかとか、A級だとかS級だとかを口にしたことはない。
「ふふふ、そこをよく知ってるという点では、僕の勝ちだな、ショウ」
「本人が知られたくないことなら、おれは知らないままでも良かったけど」
「ふふん、負け惜しみを。まあ、それはいいとして、僕がわざわざ来た理由はもうひとつあるんだ。ノエル、君に届け物だよ」
ボロミアは鞄から、たくさんの封筒を取り出した。
どうやらすべてノエル宛の手紙らしい。
「これって……?」
「全部、君が助けようとした人たちからの手紙だよ。半分以上は代筆を頼まれて僕が書いてるけれどね」
ボロミアは港町ディストンでの一件のあと、ノエルの妨害をしてしまった場所すべてを回り、謝罪してきたらしい。謝罪だけでなく、まだ助けを求めていたらノエルに代わって手助けしてきたそうだ。
ノエルはひとつの便箋を手に取り、目を落とす。
「ありがとう……って、書いてくれてる……。アタシ、上手くいかないことばっかりだったのに」
「みんな、ノエルには本当に感謝していたよ。成功や失敗なら、それは成功のほうが良かっただろうけど、そんなことよりもみんな……誰も助けてくれない、話も聞いてくれないってときに、手を差し伸べてくれたことを感謝してたんだ」
「そっか……そっかぁ。アタシ、ちゃんとできてたんだ……」
ノエルは便箋を抱きしめる。唇は微笑みを、目尻には嬉し涙を溢れさせる。
「罪滅ぼしのつもりで回っていたけれど、僕は、自分がどれだけ愚かなことをしていたか、本当に思い知ったよ。君を邪魔することで、どれだけの人を苦しめてしまっていたか……。そしてノエル、君がしていることが、どれだけ素晴らしいことかよくわかったんだ」
やっぱり、ボロミアくんは悪いやつじゃないんだよな。
やると決めたことはきっちりやる意志の強さがあるし、やるべきことは人任せにせず自分でやる自主性もある。
己の間違いに気づいたとき、素直にそれを認めて改めることは、言うほど簡単じゃない。ボロミアは、それができている。
「……ん? でも、あれ? なんか、どの手紙にも二枚目に『ボロミアはナイスガイ』とか『ボロミアは理想の結婚相手だと思います』とか変なことが書かれてるんだけど、なにこれ?」
「さあ、知らないなぁ? もしかしたら、勘違いされちゃってるのかもなぁ。でもみんなに願われてるなら、それに応えるの——へぶっ」
ノエルは手紙の二枚目だけを束にしてボロミアの顔面に投げつけていた。
「つまんない小細工するんじゃなぁい! これあなたが書いたんでしょ! せっかく少しは見直したっていうのに、まったくもう!」
まあ、ボロミアが悪いやつでないとして、それでノエルに好かれるかというと別の話だ。