本格的にレンズ製造に取り掛かって、およそ三週間。
忙しかったのは言うまでもない。
アリシアと共にフレイムチキンを捕獲しに行き、農家の方々の手伝いを得て飼育小屋を作り、それが済んだら自分が担当の望遠鏡レンズの型の製作に入った。
それらの合間を縫って、フレイムチキンの卵から抽出した新素材を、実際に使えるか試すべく、試作用のコップを作ったりしていた。
「ねえ、ショウ。大丈夫? 目の下、クマできてるわよ?」
「ふふふっ、絶好調だよ。ついにあの新素材を使いこなす方法がわかったからね」
おれとノエルは工房から屋敷への道を歩いていた。おれたちに来客だとかで、呼び出されたのだ。
「いやいや、ふらふらじゃない。少しは休んでよね?」
「あっはっは、休んでるよー。大丈夫だよー」
「ダメだこりゃ」
フレイムチキン素材は、ウルフベア素材と違って、なかなか問題だらけだった。
例のコップの金型で試していたのだが、そもそも素材がちゃんと融けてくれなかったり、なぜか製品に縞模様ができてしまったりと、頭を悩ませる事態が頻出したのだ。
しかしそれももはや過去。今朝おれはついに、それらをすべて解決したのである!
新素材にはそれぞれ融点や、融けたときの流れやすさ、粘度など、様々な違いがあり、それらに合わせて条件を調節しないと上手くいかないことが、身に沁みてわかった。
「ノエルだって忙しいだろう? あの水でレンズを作る魔法、消耗が激しいみたいじゃないか。ばあやさんに試してもらうのも一苦労だろう? おまけに、例の金型を冷やす装置の魔力回路の構築もやってくれてる」
「う〜ん、まあね〜。魔力回路はともかく、魔力の消費はね〜……。お腹が空いてしょうがないのよぅ〜。せめてもうひとり魔法使いがいたら……って、これ弱音だ。忘れて忘れて」
そんなこんなで屋敷に到着し、応接間に入ってみると……。
「ノエル〜! 会いたかったよぉ! 愛する君のため、この僕がやってきたよ!」
「な、な、なっ! なんであなたがここにぃ!?」
そこには、細身で眼鏡をかけた青年——ボロミアがいた。ロハンドール帝国魔法学院から、はるばるやってきたらしい。
「なんでここに来てるのかって? それはノエル、君のためさ!」
満面の笑みで宣言されるが、ノエルは素っ気なく「あっそ」と流す。
「えーと、ボロミアくんはおれが出した手紙を読んで来てくれたのかな?」
「その通り。ショウ、お前は僕のライバルだが、ノエルのためになるなら話はべつだ。一時休戦といこうじゃないか!」
「ああ……うん」
もともと争う気はないのだけれど。
ノエルがおれの肩をぺしぺし叩く。
「ちょっと、なんでボロミアに手紙出しちゃうのよ〜」
「おれ、アラン宛に出したはずなんだけど」
「アランは忙しかったからね。この僕が代わりに来たのさ」
「そもそも実際に来る必要あった? 手紙と製品のやり取りでも充分だったでしょ」
「いや充分じゃないよ、ノエル。ここから僕らの魔法学院はかなり遠いだろう。手紙でのやり取りじゃ、どんなに良い品物を受け取ったとしても、その評価を期限までに伝えることは難しい」
「う、それは確かに」
「そこで少しは権限を持ってる僕がここに出向いて、品物を見定め、直接持って帰る。それから評価を伝えれば、まあ、期限にはぎりぎり間に合うだろう」
真っ当な意見だ。非常にありがたい申し出でもある。
「ボロミアくんはしばらくこっちに滞在するつもりなんだね?」
「そのつもりさ。なんなら仕事を手伝ってもいい」
「それは本当に助かるよ。ね、ノエル」
「まあ、うん……。この際、背に腹は代えられないかぁ〜」
ちょうど、もうひとり魔法使いが欲しいと話していたところだ。
あと、老眼鏡のテストをしてくれているばあやのように、近眼用眼鏡のテストをしてくれる人も探しているところだった。
「よろしく頼むよ。ボロミアくん」
おれは手を差し出して握手を求める。ボロミアは応じて、強めに握り返してきた。
「ショウ、勘違いするなよ、お前のためじゃないぞ。ノエルのためだからな」
「わかってるわかってる。って君、握力凄いな。いや痛い、痛いって。離してっ、離せって! いたたた!」