——ショウとソフィアがランサスの街へ向かったあと。
アリシアは仲間たちの言葉に後押しされ、ばあやと再び向かい合っていた。
「ばあや、隠居の件はやっぱり考え直してもらいたいんだ」
「アリシア様、その話はもう終わったことです。立派なお仲間もいらっしゃるのに、このように目の衰えた者など、役立たずどころか、邪魔になるだけです」
「それなんだ。目が衰えてるのが、いいんだ。私たちの仕事を手伝って欲しい」
「私めには、なにを仰っているのかわかりませんよ」
「私たちが作る、新しい製品だ。眼鏡のレンズに決まったんだ。ばあやには試作品を使って、効果のほどを伝えて欲しい」
「それは私めなぞのために、本来の企画を曲げたものではありませんか?」
あながち違うとも言い切れず、アリシアは言い淀んでしまう。
「いけませんよ、アリシア様。お国のための事業に私情を差し挟んではなりません。ましてや、こんな穀潰しのためにご負担をかけるなど……」
「ばあやは、穀潰しなんかじゃない!」
アリシアはつい、強く言ってしまう。
「そうだよ、本当はばあやのためだ。でもそれがなにが悪い? 私が、私の育ての母を想って、なにが悪いんだ。その結果、沢山の人のためにもなるのに、なにが問題なんだ」
次に口をつぐんだのは、ばあやのほうだった。
「私にとっては、ばあやがいなくなるほうが負担なんだよ? ずっと私のそばにいてよ。私を、手伝ってよ」
無意識に素が出てしまう。ガルベージ家当主として口調が、保てない。
ばあやは、それを咎めはしなかった。どう答えるべきか迷っている様子だった。
「ばあやさん、アタシからもお願いしていい?」
そこにノエルの声が届く。アリシアの背後、隣の部屋からやってくる。
「立ち聞きしててごめんなさい。でも、これはアタシにとっても大切なことなの」
「ノエル様も事業をご一緒しているなら、そうでしょうとも」
「うぅん、そうだけど……。アタシにとって、これはやり遂げられなかった仕事のリベンジでもあるの」
アリシアはノエルに目を向ける。
「やり遂げられなかった仕事?」
「学院時代の頃よ。目が悪くても、学生に眼鏡なんか買えるわけないでしょ? 勉強するのにいつも苦労してて……。アタシ、魔法の力でなんとかしてあげたかったんだけどね、これだけは頑張っても上手く行かなくて……」
ノエルはばあやに正面から近づいた。
「ねえ、ばあやさん。アタシは学院時代、手助けできなかったけど、今はみんなの力でそれができるの。みんなっていうのは、ばあやさんも含めてだからね。目の悪い人がいないと色々試せないから、本当にいてくれないと困っちゃう」
「それに……」とノエルは身を横に引き、ばあやにアリシアを見るよう促す。
「ばあやさん、アリシアの顔も、よく見えてないんじゃない?」
「アリシア様のお顔なら、目が悪くとも心で見えておりますよ」
「そうだろうけど、ちゃんと目で見えたほうがいいと思う。そしたらきっと、アリシアの気持ちも、もっとよくわかると思うから」
それからノエルはなにか小さく呪文を唱え始める。
やがて魔力が空気中の水蒸気を集めて空中に水の玉を作り出す。ノエルは器用に魔力を制御して、水の塊をレンズの形に整える。
眼鏡のレンズのように小さくはない。手のひらサイズだ。それをばあやの眼前に持っていく。
ばあやは、目を見張ったようだった。
「アリシア様……お父上の眼差しに、似てまいられましたね」
「ばあや……」
「ふはーっ、もう無理〜!」
水の塊は霧散して、周囲に溶けて消えていく。
「アタシの魔法じゃこれで限界。長く維持できないし、度も合わせきれてないし、大きすぎるし。だから、物で作りたいの。協力して欲しいな〜? ねー、アリシア? ねー?」
ノエルがにこにこしながら左右に揺れる。その仕草に微笑みを返し、アリシアはばあやにもう一度、懇願の眼差しを向ける。
「ばあや、お願い……」
ばあやは微笑みとともに小さな息をついた。
「仕方ありません。そのお仕事が終わるまで、隠居の件は保留にいたします」
「ああ、良かった」
「あくまで保留です。甘えてはいけませんよ、アリシア様。もう大人なのですから、私などがいなくてもやっていけなければいけません」
「やっていけることと、一緒にいたい気持ちは、矛盾しないだろう? その保留も、いずれ撤回して欲しいな、私は」
ばあやは、また小さくため息をついてから「では仕事がありますので」と立ち去っていく。
「ありがとう、ノエル」
「うん。これからお仕事、頑張りましょうね♪」
幸せを守る魔法使いは、笑顔とVサインで応えてくれた。