「しかし……これでいいのだろうか。この国のためには、ヒルストンの件のほうに注力するべきなのに、私事のほうを優先している気がする……」
製作品がレンズと決まってからも、アリシアはまだそんなことを言う。
「別にいいじゃん」
あっけらかんとノエルが返す。
「お国のためにってみんなが個人的な幸せを捨てる国があったら、その国では誰が幸せになれるの? 個人の幸せあっての、お国でしょ?」
ノエルは腰に両手をやって、大きな胸を張った。
「そして個人の幸せのために働く魔法使いが、このアタシよ! アタシの目の前で、いつまでも憂鬱な顔なんてさせないわ!」
「そう言ってくれるのはありがたいのだが……」
複雑な顔をするアリシアに、今度はソフィアが声をかける。
「アリシアさん。わたしたちが作ろうとしているレンズは、協会に提出するのに申し分ない製品となるはずです。お国のためにやっていることが、たまたま、ばあやさんのためにもなる。そう考えてはいかがでしょうか?」
おれもソフィアに続く。
「以前できていたことができなくなる喪失感は、おれもよく知ってる。それを取り戻すことができるなんて、とても素晴らしいことだよ。ばあやさんには、胸を張って言えばいい」
おれたち三人に背中を押されて、やっとアリシアは吹っ切れたように微笑む。
「ありがとう。みんなにそう言ってもらえると、心が晴れるようだ」
俺は大丈夫そうだと確信して頷く。
「じゃあ、アリシア。ばあやさんによろしくね。おれは今からランサスの街へ行ってくる」
「この時間からか? 駅馬車を使っても到着は夜になってしまうぞ」
「営業をかけるなら早いほうがいいからね。結構遠いところへの連絡にもなるし……」
ソフィアがおれをじっと見上げてくる。
「もう取引先にアテがあるのですか?」
「ああ、二、三ヶ所ね。ひとつは、ノエルが嫌がるかもしれないけど……」
ノエルは首を傾げる。そしてすぐ気づいて、本当に嫌そうな顔をした。
「もしかしてボロミアなのぉ?」
「そう。あのアランって人からコネとして利用するよう言われてるし、あのボロミアくんも眼鏡をかけてただろ? 魔法学院って、研究のために目が悪くなる人が多いんじゃないかって」
「それはまあ……特にお年寄りの先生に多かったかしら。学生にも、目が悪いけどお金がなくて眼鏡が買えないって人をよく見かけたわ」
「老眼の方と近眼の方がいらっしゃるなら、少なくとも二種類はレンズが必要ですね」
「それはそうだけど、ソフィア。金型の加工は君頼りなんだ。あんまり負荷を増やすのは良くないんじゃないかな? どちらにせよ、最初のレンズが上手くいったら個々人に合わせられるようにたくさん種類を用意するんだし、近眼用は後回しにしてもいいと思う」
するとソフィアは、ゆっくりと首を横に振った。胸元で両の拳を握りしめる。
「それについては、少々アイディアがあるのです。任せてください」
その情熱的な瞳に、おれもにやりと笑む。
「ソフィア……。わかった、頼りにさせてもらうよ」
「はい、やってみせます。わたしたちの商品第一号なのです。バーニングハートがめらめらです」
思えば、彼女のこの瞳に惹かれてふたりで始めたことだ。ここまで来て、ようやく形になった。それがついに世に出るとなれば、燃えないわけがない。
「それなら、おれがやってみるから、もう一種類追加しよう。海運会社にも売り込めるようにね」
「もしかして、オクトバーさんのところ? ってことは、望遠鏡のレンズ?」
「ノエル、正解。ついでに冒険者ギルドにも当たってみる。高価だから持ってるパーティは少ないけど、あるとすごく便利なんだよね、あれ」
「う〜、なんだか実感してきた! アタシたちの作る物が、色んなところで、色んな人の役に立てるのね!」
「はい、わくわくが止まりません」
「私もだ。胸が高鳴ってくる。みんなといると、なんでもできそうな気がしてくるから不思議だ」
「でも忙しくなるのは間違いないから、みんな、覚悟はしとこうね」
それから早々に、おれはランサスの街へ出発した。