「もー、なんなのあいつ! 態度がいちいち腹立つんですけどー!」
ヒルストンが帰ったあと、ノエルはぷんすかと全身で怒りを表現した。
「程度の差はあれど、貴族はああいった方々です。アリシアさんが特別なのです」
ソフィアがノエルをなだめる。
ソフィアは、かつて顧客の貴族を相手にしていたからわかるのだろう。思えば、彼女の落ち着いた物腰や丁寧な所作は、貴族を相手にするからと父母に仕込まれたものなのだろう。
それにしても、とおれは呆れてため息が出る。
「新技術の開発を半年そこらで成果を出せとは、ずいぶんと無茶な話だ。充分な期間がなければ出来る物も出来なくなる。国策に反するものだとわかっていないのか?」
「わかっていてやっているのだろうな……」
アリシアは静かな怒りを湛えながら口にする。
「このところ調べは進めさせていたが、ようやく確信が持てた」
騎士職を剥奪される原因となった右腕の傷を、左手で掴む。
「やつらは既得権益を守ることしか考えていない」
「だからといって国の経済危機を放置したら、いずれは自分の首を絞めることになるだろうに……」
「目先の利益しか見えていないのだ。愚かなことだが」
アリシアはそれから、事態のあらましを説明し始める。
「この国の貴族と職人は、昔から密接な関係にあってな。貴族は職人らの利益が最大化するように取り計らい、職人らはそんな貴族に、利益の一部を贈り物の名目で還元する……」
「癒着じゃないの、それ?」
ノエルのツッコミにアリシアは素直に頷く。
「昔はそこまで酷いものではなかったらしいのだが、な……。この流れに沿わない者は、貴族、職人を問わず排斥する動きも生まれていたようだ」
おれとノエルはソフィアのほうを見た。
「そう、ソフィアの父は従わない者だった。実力で彼らを黙らせていたようだが……亡くなられたあと、まだなにも知らないソフィアは……」
ソフィアは短い沈黙のあと、「良かった」と呟いた。
「父が癒着などに手を染めていなくて……本当に、良かったです」
安心したようなソフィアの微笑みに、おれたちも安堵する。
「新技術推進協会の設立は王の勅命だったが、多くの貴族が反対していたんだ。新たな技術に消極的な職人たちも。新たな技術が古きを淘汰し、既得権益を奪っていくのではないかと怯えてな……」
アリシアは右の拳を握り締める。
「今回、ヒルストンが監査官になったのは、そういった新しき物を潰して、協会の特権を喰い物にするためだろう」
「協会のほうで、なんとかできなかったのか……」
「すまない。できなかったんだ……」
「なんでアリシアが謝るんだ」
「監査官は、本来なら、私がやっているはずだったからだ……」
悔しそうにアリシアは視線を落とす。
「王の命で、私が推進していたんだ。癒着を廃し、新たな技術を育むために……。それがこの怪我が原因で、このような有様になっている」
「その怪我はもしかして、君を排除するためにヒルストンが?」
「確証はない。あのときは多くの魔物に襲われ、私が戦わなければヒルストン家の者も多数亡くなっていただろう。だが……今思えば、ヒルストンは私を葬るために家人さえ犠牲にしようとしたのかもしれない」
「……となると、魔物の巣のあの通路は……」
「先ほどの発言からして、ヒルストンの差金だろう。魔物被害を理由に、ガルベージ家を取り潰そうと画策している」
「なるほど。たいした悪党みたいだが……ふふっ」
おれはつい吹き出してしまう。
「うん? なにかおかしいだろうか?」
「いや、徹底して悪いことしてる割には詰めが甘いなって。おれたちにとって魔物は素材なんだ。たくさんご提供いただいてありがとう、ってところだよ」
おれの隣でソフィアも微笑む。
「まさに、ざまあみろ、です」
「笑っている場合ではないだろう。今の私にはヒルストンをどうにかできる力はないんだ。あとたった三ヶ月でなんとかするしかないんだぞ」
そんなアリシアに、ノエルが「大丈夫」と声をかける。
「アリシア。あなたはたった三ヶ月って言うけど、アタシたちからすれば三ヶ月もあるのよ。……なーんて♪ このセリフ格好いいから言ってみたかったんだよね〜♪」
ノエルが笑うと、ソフィアも頷く。
「はい、目に物見せてあげましょう。幸い、試作機はできているのです。ここから三ヶ月でできることを考えればいいのです」