試作装置第一号は大成功だったが、反省点がないわけでもない。
あのあとも装置はコップの生産を続けたが、途中から新素材が充分に固まらなくなってしまったのだ。
装置を停止させ、すぐ原因を調べた。
「たぶん、原因は熱だ。ほら、金型がすごく熱くなってる」
「融けた新素材の熱が、金型に溜まってしまったのですね」
ソフィアの言うとおりだ。金型が冷たいうちは短時間で固まるが、新素材の熱を何度も受けて加熱された金型の中では、固まりきれなかったのだろう。
「う〜ん、冷却待ちの時間、もっと伸ばしておく?」
「それでは、この生産の速さを殺すことになってしまう。あまりにもったいない」
ノエルの提案にはアリシアがすぐ難色を示す。おれも同意見だ。
「それなら金型も、一定の温度を保てるように冷やしてしまいましょう」
おれは思わずソフィアを見遣った。ソフィアはそんなおれを見て、首を傾げる。
「難しいでしょうか?」
「いや……おれも同じこと考えてたから」
「それは……なんだか嬉しいです」
微笑むソフィアの瞳に吸い込まれそうになる。それだけで幸せな気持ちになる。
「うん、嬉しいな……。あ、でも……さっきはごめん」
「なにが、ですか?」
「いやほら、急に抱きついちゃったりして、さ。君にはその、他に好きな人がいるのに、迷惑だっただろ?」
「そんなことはありません。喜びを分かち合えて嬉しかったです」
「そうそう、喜びは分かち合いましょ〜♪ ってことで、はい、次アタシの番」
横から割って入ったノエルが、にっこりと笑って両手を広げる。
「ではその次は私かな?」
アリシアも微笑んで、ノエルの隣で同じようにポーズを取る。
「えっと、抱きつけってこと?」
「分かち合うんでしょ〜? はやくはやくぅ〜♪」
「そういう茶化し方は勘弁してよ……」
◇
数日後。おれたちはガルベージ家の家人にも、装置をお披露目することになった。
主人であるアリシアが何を作っているのか不明で、心配している様子だったからだ。
この先、彼らに生産を手伝ってもらうこともあるだろうから、ここで見せておくのはちょうどいい。
試作品のコップが一分弱で次々に作り出されていく様に、家人たちは驚き、ざわめき、あるいは畏怖の表情を見せていた。
「新素材を射出して金型で成形するから、おれたちはこの技術を
そうしてお披露目会は解散となる。
家人を代表して、ばあやが資料を受け取ってくれた。
しかしばあやは、どこか憂鬱な様子だった。資料を開いて中を一度は確認するが、すぐに閉じて脇に抱えてしまう。
「ばあや? どうかしたのか?」
アリシアがすぐ声をかけるが、ばあやは目をつむって小さく首を振る。
「なんでもございませんよ」
「そんなことはないだろう? どれだけ一緒に暮らしてきたと思っている。なにか不安なことがあるのなら話してくれ」
ばあやは迷うような沈黙のあと、俯きがちに答える。
「……では、のちほど屋敷で」
しかし屋敷に帰ってみると、珍しく来客があって、アリシアはばあやと話をすることができなかった。
来客は数人の従者を連れた、初老の男性貴族だ。
シルクハットをかぶり、片眼鏡をつけている。よく手入れされたカイゼル髭。黒いスーツに、赤いネクタイ。白い手袋をして、ステッキを携えている。
「これはこれはアリシア殿。お忙しいご様子ですな」
「ヒルストン卿。ご連絡をいただければお迎えにあがりましたのに。すぐ家人に準備をさせます。紅茶でも……」
「いや結構。こんな埃臭い屋敷では息が詰まって、どんな上手い茶でも不味くなりますからな。今日は挨拶だけで、早々に退散させていただきますよ」
「そうですか。それで挨拶とは?」
「この度、新技術推進協会の監査官に就任いたしましてな。確かアリシア殿も、なにやら怪しげな者共を集め、参加しておりましたでしょう? よしなに、お願いいたします」
「ご丁寧にありがとうございます。しかし訂正させていただきたい。私の仲間は決して怪しくはない。みな優秀で素晴らしい者たちです」
「ほう、それが本当なら良いのですがね。近頃は、協会から与えられる補助金や特権を目当てに、新技術開発の意志もなく登録する怪しげな事業者が増えているのです」
「それは確かに由々しき事態です」
「そこで通達いたしますよ、アリシア殿。今日より三ヶ月以内に、確かな成果物を提出できない場合は、不正事業者として登録を抹消いたします」
「三ヶ月!? 期限は二年は設けられていたはずでは?」
「ええ、変更させました。不正事業者どもを排除するためです」
「あまりに急です。しかも短すぎる」
「そうですかね? 私は鍛冶をさほど知りませんが、まあ、新技術など真剣にやれば半年で形になるものでしょう?」
「知らないのになぜそう言い切れるのですか」
「とにかく三ヶ月です。きちんと我が国の輸出品として使える成果物でなければ、認められませんからね。では失礼」
「ヒルストン卿!」
背中を向けたヒルストンは、立ち止まり振り返る。
「ときにアリシア殿、魔物の被害でお困りではありませんかな?」
「……? いえ、領内は平穏無事ですが」
「それは結構。もしお困りになられましたら、いつでも我が家をお頼りください。もっとも、そのようなことがあれば、最低限の領地を治める力量もないと、またお咎めを受けるかもしれませんがな」
はははははっ、と笑いながらヒルストンは去っていく。
アリシアの抗議を完全に無視したまま……。