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第43話 番外編⑦-1 無知なる者の喪失




 ただならぬ状況を察して、ラウラはジェイクとエルウッドの間に入った。


「待って、エルウッド! ジェイクがシオンを殺したって言うの?」


「そうだ。こいつが殺したんだ!」


 ジェイクは尻もちをついたまま、エルウッドを鼻で笑う。


「なにトチ狂ったこと言ってやがる。なんで俺がシオンを殺すんだよ」


 内心では緊張が走るが、そう見せぬよう強気に返す。


「理由なんかどうでもいい。いいか、ラウラ。【クラフト】はな、使い手が作れる物しか作れなかったんだ。もし本当にシオンがオレたちに遺したんなら——『技盗みの短剣スキルドレイン』を用意してたんなら、そのことを伝える手紙かなにかを一緒に遺してくれてたはずだ」


 ラウラは一瞬で青ざめて、ジェイクから一歩引く。


「ジェイク……。嘘でしょ? シオンは、他にはなにも遺してなかったって……」


「大方、本人と一緒に崖から落ちちまったんだろうよ……」


 エルウッドが睨みつけてくる。


「お前が技能スキルを奪って殺したから無いんだろう」


「しつけえな。証拠でもあるのかよ」


「シオンが本当に死に備えて準備してたんなら、簡単に無くすわけがない」


「シオンシオンうるせえな! 死んだやつのことなんて、誰もわかねえだろう!」


「そうかよ! じゃあもういい!」


 エルウッドはジェイクに背中を向け、奥に引っ込んだ。


 ラウラが追いかけていく。


「エルウッド、どうする気?」


「シオンを殺したやつと一緒にやっていられるか!」


 エルウッドは私物や本を乱暴に詰め込んだ鞄を背負って出てきた。


 ラウラは困ったように後ろについて来ている。


 ジェイクはしめたものだと心中で笑う。


 これ以上、シオン殺しを追求されなくて済む。


「ああ、そうかよ! こっちも濡れ衣着せられたままじゃ気分悪いからなぁ! エルウッド、お前はパーティ追放だ! どこへでも行っちまいな!」


 エルウッドは怒りの表情のまま、ジェイクを睨みつけてくる。


 それから店頭に飾ってあった斧と盾を手に取る。


 シオンが遺したエルウッドの装備だ。文字通り鋼鉄をも断ち切る断鉄斧だんてつふと、毒竜アシッドドラゴンの強酸をも無傷で防ぐ不滅の盾イモータル


「おい待て! そいつらは置いていきな!」


「なんだと?」


「お前の私物じゃねえ。パーティの所有物だ。追放されたてめえが触るんじゃねえ!」


「ジェイク、それはあんまりじゃない!」


 ラウラが抗議するが、エルウッドはさして気にした様子もなく鼻を鳴らした。


「じゃあいいよ。いらねえ」


 エルウッドは不滅の盾イモータルを、ジェイクのほうに軽く放り投げた。


「そいつをじっくり見て思い知れ。シオンの偉大さをな」


 それからラウラを一瞥する。


「悪いな。ラウラ、色々教えてくれたこと、恩に着る」


 エルウッドはそのまま店を出ていった。せいせいする。


「待って! 待ってよ、エルウッド! ジェイク、あなたもなにやってるのよ! 謝って! ここで別れちゃったら、あたしたち一生バラバラよ!」


「騒ぐなよ、それのなにが悪いってんだ」


 ラウラは泣きそうな顔をする。


「だって、だってあたしたちずっと一緒にやってきたじゃない。シオンがいなくなって、あれだけ悲しかったのに、また誰かがいなくなるなんて嫌よ……!」


「俺とお前だけでいいじゃねえかよ。どうせ、仕事はほとんど俺ひとりでやってたんだ。あんな木偶の坊、必要ねえんだよ!」


「あんたひとりで……ね。そうね、そうかもね……」


 ラウラは沈んだ表情のまま、ジェイクを見下ろした。


「そうよね、あんたは……あたしたちを必要としてないのよね……」


 ジェイクはラウラの瞳から涙が流れ出すのが見えた。その意味は、わからない。


「あたしも抜ける。『フライヤーズ』は、これで解散よ……」


 ラウラが背中を向けて奥に行こうとする。


 ジェイクは慌てて立ち上がり、ラウラの肩を掴んだ。


「ダメだ! お前は行くなよ!」


 ラウラはその手を振りほどく。


「なんでよ! あたしだってエルウッドと同じよ! 役立たずの木偶の坊じゃない!」


「わからねえのかよ! 俺がなんのために冒険者辞めて、こんな商売してんのか!」


「はあ? なんのためよ!?」


「お前を幸せにしてえからだよ!」


 ジェイクは振りほどかれたその手で、ラウラの手を掴みにいく。


 拒絶するように、ラウラは体ごと大きく退いた。


「俺の気持ちはとっくに知ってるだろう! ガキの頃からずっと、お前だけを見てた! 好きなんだよ! 愛してるんだよ! だから行くなよ! 行かないでくれよ!」


 ラウラはおぞましいものでも見たかのように、ぶるりと体を震わせた。


「ふざけてんの、あんた……」


 その冷たすぎる視線は、ジェイクを凍りつかせるのに充分だった。


「お前……まだシオンのこと引きずってるのかよ。死んだやつのこと、まだ好きなのかよ」


「勘違いしないで。そりゃ一度は惹かれたけど、シオンが誰彼構わず褒めるやつだってことは知ってるでしょう。あんたこそ、どうしてあたしが、バカで短気なあんたに今までついてきて、庇ったり、みんなとの仲を取り持ってやってたと思ってるの?」


「まさか……」


「でもそれも終わり。シオンが死んでから、あんたは本当にクズになったわ」


 ラウラの言葉に、ジェイクは膝から崩れ落ちる。


 ラウラは多くの私物はそのままに、手荷物だけを簡単にまとめた。そして、さようならの一言も無く、出ていってしまった。


 ジェイクは呆然と、それを見送るしかなかった。


 やがて、誰にともなく呟く。


「ふざけんなよ……。俺がお前らを必要としなかったんじゃない……。お前らが、俺を必要としてなかったんじゃねえか。いつもいつもシオンシオンってよぉ……」

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