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第42話 番外編⑥ 学び始めた者




 ——時は、ジェイクが工房を勝手に購入してしまった頃に遡る。


「すまない、ラウラ。今日も頼めるか」


「いいわよ。それだけ熱心だと、あたしも教え甲斐があるわ」


 その頃から、エルウッドは材料の仕入れや工房の整備といった仕事の傍ら、時間があるときにはラウラに読み書きを習っていた。


 エルウッドは、自分や仲間の名前くらいは読み書きできる。飲食物や、冒険で使う道具の名前も、なんとなく読める。スペルはちょくちょく間違える。


 スラム生まれだったエルウッドには、それだけで充分だった。大人になって冒険者になっても、それは変わらなかった。


 今は違う。


 机には、三冊の本がある。


 シオンの遺品だ。拠点としていた宿屋に預けられたままになっていた。


 新しい本を買っては、読み終わったら売って、また別の本を買っていたシオンが、ずっと手元に残していた数少ない本だ。


 鍛冶仕事について書かれていることは、挿絵などから察することができたが、内容を詳しく読み取ることができない。


 エルウッドは、それらを読むべきだと思っていた。


 ジェイクの【クラフト】がアテにならない以上、シオンの遺志を継ぐ方法はこれしかない。


 死んだ仲間の遺品から学び、同等とはいかずとも、せめて生活できる程度には鍛冶仕事を身につける。


「アテにしてないこと、ジェイクには言わないでくれ」


「言うわけないでしょ。あいつが知ったら、またぎゃーぎゃーうるさいだけだし」


 エルウッドはシオンの本を少しずつ読み解き、工房の設備や道具を使って、鍛冶仕事をひとつずつ試していった。


「なにしてんだ、お前?」


 それはさすがに、すぐジェイクに気づかれた。


「暇すぎるんでな。お前ばかりに働かせるんじゃなく、少しはオレも作ってみようかと思ってな」


「ふーん、ま、いいんじゃねーの。それで少しは楽になるならな。材料だけは無駄にしねえでくれよ」


「ああ、せいぜい頑張るさ」


 エルウッドは早朝には鍛錬、昼には鍛冶の練習、夕方には読み書きの勉強といったスケジュールで毎日を過ごした。


【クラフト】で作った剣が売れず、ジェイクが職人ギルドについて愚痴っていた日も。


 ジェイクの勝手な判断で工房の改築が決まった日も。


 経営が黒字になって、調子に乗ったジェイクが酒びたりの生活をする日々の中でも。


 エルウッドは常に学び続けた。


 それに触発されて、ラウラも改めて魔法を学び直していた。B級からA級に昇格できれば、魔力回路構築の仕事ができる。【クラフト】に頼らなくても、工房を支えていける。


 努力の日々は、思っていたより充実していて楽しいものだった。


 読み書きを学んだことで、知らなかったことをより多く知ることができた。いかに自分が無知であったか、よくわかった。同時に、シオンがどれだけ偉大だったのかも。


 そしてなにより、シオンが物作りに熱中するのもよくわかった。


「やってみたら、意外と面白いんだ。ただの石ころが、自分の手で武器とか道具とか別の物になって、なんていうか、生活を少し変えてくれるっつーのか、そういう感じがさ」


 ラウラにそう語っていたら、エルウッドは不意になにかがこみ上げてきた。


 急に視界が涙で滲んでいく。


「……今、わかっちまった。オレは……オレは今まで、あいつの友じゃなかったんだ……。シオンが見てる世界のことを、なにひとつ知らなかったんだ……!」


 もし叶うなら、物作りについてシオンと語り合いたい。


 未熟な技術について、助言をもらいたい。


 お互いに作った物を持ち寄って、ああだこうだと夜通し語りたい。


 すべては、もう叶わない。



   ◇



 ——そして、時は現在。


 復帰したジェイクに、エルウッドはひとつ頼み事をする。


「なんだよ、こっちは忙しいんだよ! 虎の子の竜殺しの剣ドラゴンバスターを持ってかれちまってんだ、とっとと稼いで買い戻さねえと」


「いいから、頼む。オレの言う通りに【クラフト】を試してくれ」


「しょうがねえな、一度だけだぞ」


 作ってもらうのは、以前に試して失敗した手甲。


 エルウッドはジェイクが【クラフト】を発動させる前に、細かく作り方を教え込む。


【クラフト】を発動させてからも、おかしな形になりそうになると、すぐ口を出して修正させる。


 やがて出来上がったのは、質は大して良くはないが、きちんとした手甲だった。


 以前のガラクタとは比べ物にならない。


「おいおい、どういうことだよ。なんで出来ちまうんだ……?」


「やっぱり【クラフト】は、作り方がわかってる物しか作れないんだ」


「そうか……そうか!」


 ジェイクは笑い出す。


「そりゃあ大発見だぜ! でかしたな、エルウッド! 使いこなす方法がようやくわかったぜ!」


「ああ……オレも、ようやくわかった……」


 エルウッドはジェイクの顔面を、思い切りぶん殴る。


 防御も受け身もできず、ジェイクは床に転がった。


「な、なにしやがる……!?」


 エルウッドは涙を流しながら、怒りの声を上げる。


「お前が、シオンを殺したんだな……!」

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