——時は、ジェイクが工房を勝手に購入してしまった頃に遡る。
「すまない、ラウラ。今日も頼めるか」
「いいわよ。それだけ熱心だと、あたしも教え甲斐があるわ」
その頃から、エルウッドは材料の仕入れや工房の整備といった仕事の傍ら、時間があるときにはラウラに読み書きを習っていた。
エルウッドは、自分や仲間の名前くらいは読み書きできる。飲食物や、冒険で使う道具の名前も、なんとなく読める。スペルはちょくちょく間違える。
スラム生まれだったエルウッドには、それだけで充分だった。大人になって冒険者になっても、それは変わらなかった。
今は違う。
机には、三冊の本がある。
シオンの遺品だ。拠点としていた宿屋に預けられたままになっていた。
新しい本を買っては、読み終わったら売って、また別の本を買っていたシオンが、ずっと手元に残していた数少ない本だ。
鍛冶仕事について書かれていることは、挿絵などから察することができたが、内容を詳しく読み取ることができない。
エルウッドは、それらを読むべきだと思っていた。
ジェイクの【クラフト】がアテにならない以上、シオンの遺志を継ぐ方法はこれしかない。
死んだ仲間の遺品から学び、同等とはいかずとも、せめて生活できる程度には鍛冶仕事を身につける。
「アテにしてないこと、ジェイクには言わないでくれ」
「言うわけないでしょ。あいつが知ったら、またぎゃーぎゃーうるさいだけだし」
エルウッドはシオンの本を少しずつ読み解き、工房の設備や道具を使って、鍛冶仕事をひとつずつ試していった。
「なにしてんだ、お前?」
それはさすがに、すぐジェイクに気づかれた。
「暇すぎるんでな。お前ばかりに働かせるんじゃなく、少しはオレも作ってみようかと思ってな」
「ふーん、ま、いいんじゃねーの。それで少しは楽になるならな。材料だけは無駄にしねえでくれよ」
「ああ、せいぜい頑張るさ」
エルウッドは早朝には鍛錬、昼には鍛冶の練習、夕方には読み書きの勉強といったスケジュールで毎日を過ごした。
【クラフト】で作った剣が売れず、ジェイクが職人ギルドについて愚痴っていた日も。
ジェイクの勝手な判断で工房の改築が決まった日も。
経営が黒字になって、調子に乗ったジェイクが酒びたりの生活をする日々の中でも。
エルウッドは常に学び続けた。
それに触発されて、ラウラも改めて魔法を学び直していた。B級からA級に昇格できれば、魔力回路構築の仕事ができる。【クラフト】に頼らなくても、工房を支えていける。
努力の日々は、思っていたより充実していて楽しいものだった。
読み書きを学んだことで、知らなかったことをより多く知ることができた。いかに自分が無知であったか、よくわかった。同時に、シオンがどれだけ偉大だったのかも。
そしてなにより、シオンが物作りに熱中するのもよくわかった。
「やってみたら、意外と面白いんだ。ただの石ころが、自分の手で武器とか道具とか別の物になって、なんていうか、生活を少し変えてくれるっつーのか、そういう感じがさ」
ラウラにそう語っていたら、エルウッドは不意になにかがこみ上げてきた。
急に視界が涙で滲んでいく。
「……今、わかっちまった。オレは……オレは今まで、あいつの友じゃなかったんだ……。シオンが見てる世界のことを、なにひとつ知らなかったんだ……!」
もし叶うなら、物作りについてシオンと語り合いたい。
未熟な技術について、助言をもらいたい。
お互いに作った物を持ち寄って、ああだこうだと夜通し語りたい。
すべては、もう叶わない。
◇
——そして、時は現在。
復帰したジェイクに、エルウッドはひとつ頼み事をする。
「なんだよ、こっちは忙しいんだよ! 虎の子の
「いいから、頼む。オレの言う通りに【クラフト】を試してくれ」
「しょうがねえな、一度だけだぞ」
作ってもらうのは、以前に試して失敗した手甲。
エルウッドはジェイクが【クラフト】を発動させる前に、細かく作り方を教え込む。
【クラフト】を発動させてからも、おかしな形になりそうになると、すぐ口を出して修正させる。
やがて出来上がったのは、質は大して良くはないが、きちんとした手甲だった。
以前のガラクタとは比べ物にならない。
「おいおい、どういうことだよ。なんで出来ちまうんだ……?」
「やっぱり【クラフト】は、作り方がわかってる物しか作れないんだ」
「そうか……そうか!」
ジェイクは笑い出す。
「そりゃあ大発見だぜ! でかしたな、エルウッド! 使いこなす方法がようやくわかったぜ!」
「ああ……オレも、ようやくわかった……」
エルウッドはジェイクの顔面を、思い切りぶん殴る。
防御も受け身もできず、ジェイクは床に転がった。
「な、なにしやがる……!?」
エルウッドは涙を流しながら、怒りの声を上げる。
「お前が、シオンを殺したんだな……!」