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第40話 既成事実を作った者の勝ちですからね




「つまり、ショウはソフィアの気持ちに気づいていないが、自分の気持ちはソフィアに伝えた、と? 両思いじゃないか……」


 その晩、アリシアはノエルとの約束通り、ささやかな酒宴を開いた。


 ショウ抜きで。


「そうなのよー。もう、さっさと結婚しちゃえーって感じよ、もう〜」


「結婚……」


 ノエルに言われて、ただでさえ酒で赤らんだ顔が、火がついたみたいに染まっていく。


「まだ、早いです……」


「早くて悪いこともあるまい。私など、ばあやに早く結婚しろなどとよく言われるが、いい相手がいなくてな。羨ましいくらいだぞ」


 自嘲気味にアリシアが笑う。


「ですが、ショウさんには前科がありますから。惚れたと言われた翌日に、恋愛的な意味でなかったと判明したことがあります」


「さすがに今回は違うでしょ〜……って、言い切れないのがショウの恐ろしいところよね」


「そうなのか? 彼の言動からすると、ソフィアを想っているのは間違いないと思えたが」


 ノエルはグラスのビールを飲み干して、「ふぅ」とため息をつく。


「そこ、アリシアも気をつけてね。ショウって、不意打ちですっごい褒めてくるから。『アタシのこと好きなの!?』って勘違いしちゃったりするから」


 アリシアはワインを片手に苦笑する。


「あぁ、それは先ほど体験した。さすがに勘違いはしなかった。しなかったが……悪い気はしなかったな……」


「ショウは下心ないから、素直にいい気持ちにされちゃうのかしらね? 他の男とは違うっていうか……」


「ノエルに言い寄ってくる殿方は、やはり多いのか?」


「残念ながらね〜……。しつこく結婚を迫ってくるやつもいて大変だったんだから」


「あのボロミアさんは、また来そうな気がしますね」


「残念がるのは贅沢ではないか? 私など、一度もそのような浮いた話がないのだからな」


「ふーん、アリシアはモテたいんだー?」


「べ、べつにいいだろう。相手はひとりで充分だが……その、私だって、年頃の乙女のつもりだ。憧れくらい、ある……」


 恥ずかしそうに声が小さくなっていくアリシアに、ソフィアとノエルは微笑む。


「アリシア、可愛いところあるじゃ〜ん」


「はい。アリシアさんは、可愛いです」


「か、からかうな、ふたりとも」


「アリシア様、そういうお気持ちがあるなら、行動あるのみですよ」


 ばあやが口を出す。酒のつまみに果物を盛った皿を持ってきてくれたところだった。


「ショウ様が、ソフィア様と相思相愛と気づいていない今なら、付け入る隙があります」


「ばあや、ソフィアの前でなんてことを言うんだ」


「恋愛においては、どんな手段を使っても良いのですよ」


「そもそも私はショウとはなんでもないし、ソフィアがそんなこと許さないだろう」


「いえ……どなたを選ぶかは、ショウさんが決めることですから」


 ソフィアは落ち着いた様子で口にする。


「はー、余裕だ〜! ソフィア余裕だぁ〜。ショウが自分以外になびかないって、正妻の余裕を見せつけてるぅ〜!」


「そういうつもりではないです。……けれど、そうだったら、いいな……」


 ちょっとだけ口の端を緩ませるソフィアだった。


「なんにせよ、既成事実を作った者の勝ちですからね」


 ばあやはそう言い残して、使い終わった食器を持って出ていく。


「既成事実か……」


 アリシアは顎に手をやり、瞳を上方へ向ける。


「例えば、夜にふたりで抜け出して共に星空を見上げる……とかだろうか?」


「うわぁ、ロマンチック〜。アリシア、発想が可愛い!」


「はい。アリシアさんは、可愛いです」


「からかうな、もうっ」


「アタシの場合、一度婚約者のフリしてるのよねぇ。役ってことでお願いすれば……き、き、キスくらいまでは行けちゃったりする、かな?」


 ソフィアは首を傾げる。


「キスまでで、いいのでしょうか?」


「ん、どゆこと?」


「わたしはてっきり、夜にお部屋に忍び込んで襲ってしまうようなことかと……」


 ノエルは目を丸くした。アリシアは口に含んだワインを、吹き出しそうになる。


 ノエルはアリシアの肩をペチペチと叩く。


「ちょっと聞いたアリシア〜? この子、思ってたよりスケベだぁ」


「その大胆さが、ショウの心を射止めたのか。なるほど……」


 ソフィアはなにを言われているのかわからずにいたが、数秒後にやっと気づいて顔を真っ赤にした。慌てすぎて、顔がこわばってしまう。


「違います。してません。取り消しましゅ——噛みました。取り消します。忘れてください」


 やがてソフィアは両手で顔を覆って動かなくなってしまう。


 そうして夜は楽しげに更けていく。



   ◇



 一方その頃。ショウはひとり、庭先でウルフベアの世話をしていた。


 屋敷の一室から楽しそうな声が漏れ聞こえてくる。


「なんで、おれは誘ってくれないんだろ……」


 ぼやきながら、ウルフベアがどこかへ行かないように柵を作ってやる。


「やっぱり、昼間のことで気まずくなっちゃったのかなぁ……」


 大きなため息をひとつ。


「……寂しい」


 足にすり寄ってきてくれるウルフベアだけが、癒やしだった。

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