「つまり、ショウはソフィアの気持ちに気づいていないが、自分の気持ちはソフィアに伝えた、と? 両思いじゃないか……」
その晩、アリシアはノエルとの約束通り、ささやかな酒宴を開いた。
ショウ抜きで。
「そうなのよー。もう、さっさと結婚しちゃえーって感じよ、もう〜」
「結婚……」
ノエルに言われて、ただでさえ酒で赤らんだ顔が、火がついたみたいに染まっていく。
「まだ、早いです……」
「早くて悪いこともあるまい。私など、ばあやに早く結婚しろなどとよく言われるが、いい相手がいなくてな。羨ましいくらいだぞ」
自嘲気味にアリシアが笑う。
「ですが、ショウさんには前科がありますから。惚れたと言われた翌日に、恋愛的な意味でなかったと判明したことがあります」
「さすがに今回は違うでしょ〜……って、言い切れないのがショウの恐ろしいところよね」
「そうなのか? 彼の言動からすると、ソフィアを想っているのは間違いないと思えたが」
ノエルはグラスのビールを飲み干して、「ふぅ」とため息をつく。
「そこ、アリシアも気をつけてね。ショウって、不意打ちですっごい褒めてくるから。『アタシのこと好きなの!?』って勘違いしちゃったりするから」
アリシアはワインを片手に苦笑する。
「あぁ、それは先ほど体験した。さすがに勘違いはしなかった。しなかったが……悪い気はしなかったな……」
「ショウは下心ないから、素直にいい気持ちにされちゃうのかしらね? 他の男とは違うっていうか……」
「ノエルに言い寄ってくる殿方は、やはり多いのか?」
「残念ながらね〜……。しつこく結婚を迫ってくるやつもいて大変だったんだから」
「あのボロミアさんは、また来そうな気がしますね」
「残念がるのは贅沢ではないか? 私など、一度もそのような浮いた話がないのだからな」
「ふーん、アリシアはモテたいんだー?」
「べ、べつにいいだろう。相手はひとりで充分だが……その、私だって、年頃の乙女のつもりだ。憧れくらい、ある……」
恥ずかしそうに声が小さくなっていくアリシアに、ソフィアとノエルは微笑む。
「アリシア、可愛いところあるじゃ〜ん」
「はい。アリシアさんは、可愛いです」
「か、からかうな、ふたりとも」
「アリシア様、そういうお気持ちがあるなら、行動あるのみですよ」
ばあやが口を出す。酒のつまみに果物を盛った皿を持ってきてくれたところだった。
「ショウ様が、ソフィア様と相思相愛と気づいていない今なら、付け入る隙があります」
「ばあや、ソフィアの前でなんてことを言うんだ」
「恋愛においては、どんな手段を使っても良いのですよ」
「そもそも私はショウとはなんでもないし、ソフィアがそんなこと許さないだろう」
「いえ……どなたを選ぶかは、ショウさんが決めることですから」
ソフィアは落ち着いた様子で口にする。
「はー、余裕だ〜! ソフィア余裕だぁ〜。ショウが自分以外になびかないって、正妻の余裕を見せつけてるぅ〜!」
「そういうつもりではないです。……けれど、そうだったら、いいな……」
ちょっとだけ口の端を緩ませるソフィアだった。
「なんにせよ、既成事実を作った者の勝ちですからね」
ばあやはそう言い残して、使い終わった食器を持って出ていく。
「既成事実か……」
アリシアは顎に手をやり、瞳を上方へ向ける。
「例えば、夜にふたりで抜け出して共に星空を見上げる……とかだろうか?」
「うわぁ、ロマンチック〜。アリシア、発想が可愛い!」
「はい。アリシアさんは、可愛いです」
「からかうな、もうっ」
「アタシの場合、一度婚約者のフリしてるのよねぇ。役ってことでお願いすれば……き、き、キスくらいまでは行けちゃったりする、かな?」
ソフィアは首を傾げる。
「キスまでで、いいのでしょうか?」
「ん、どゆこと?」
「わたしはてっきり、夜にお部屋に忍び込んで襲ってしまうようなことかと……」
ノエルは目を丸くした。アリシアは口に含んだワインを、吹き出しそうになる。
ノエルはアリシアの肩をペチペチと叩く。
「ちょっと聞いたアリシア〜? この子、思ってたよりスケベだぁ」
「その大胆さが、ショウの心を射止めたのか。なるほど……」
ソフィアはなにを言われているのかわからずにいたが、数秒後にやっと気づいて顔を真っ赤にした。慌てすぎて、顔がこわばってしまう。
「違います。してません。取り消しましゅ——噛みました。取り消します。忘れてください」
やがてソフィアは両手で顔を覆って動かなくなってしまう。
そうして夜は楽しげに更けていく。
◇
一方その頃。ショウはひとり、庭先でウルフベアの世話をしていた。
屋敷の一室から楽しそうな声が漏れ聞こえてくる。
「なんで、おれは誘ってくれないんだろ……」
ぼやきながら、ウルフベアがどこかへ行かないように柵を作ってやる。
「やっぱり、昼間のことで気まずくなっちゃったのかなぁ……」
大きなため息をひとつ。
「……寂しい」
足にすり寄ってきてくれるウルフベアだけが、癒やしだった。